Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー24

要が退院したのは霞の見舞いの3日後だった。ギプスはまだ取れない。2週間後にレントゲンを撮って、日程を決めようと医師は言った。退屈な病院から開放されることになり、要はいくらか明るくなった。アキラたちも「早いなあ」と手放しで喜んでくれた。持ち物は大してなかったが、退院のために身の回りの荷物をまとめているところに、店から原田が車で迎えに来た。要が病院で原田に会うのは、5日前に帰ってくれと追い出して以来だった。
「用意はいいか?」
いつもと変わらぬ、笑顔で、原田が聞く。要は黙ってうなづいた。たった2週間前は、兄貴のように気さくに話せたのに、今は、心が閉ざされて、原田の顔をまともに見ることすら出来ない。帰りの車の中でも、なんだかんだと話しかけてくる原田だったが、それさえ要には疎ましいだけだった。

店に着くと、梶が要の部屋で待っていた。石橋にすぐに会いに行けという。まずは怒鳴られるな、と覚悟を決めて部屋を出ようとすると、梶がついてくる。
石橋の執務室は、ビルの4階にある。ワインレッドのカーペットを敷き詰めた部屋に、ビクトリア朝の重厚な家具が並んでいる。窓を背にして、大きなマホガニーの机が置かれ、その向こうの革張りの椅子に、石橋が深々と座っていた。2週間ぶりに見るボスは、心なしか老けて見える。要を見ると、石橋は、ただ、
「よし。」
とだけ言った。怒鳴り散らされると覚悟していた要にすれば、拍子抜けである。
「報告によれば、お前にはもう興津の補佐は務まらんそうだ」
「・・・」
「足がどうのと言う以前に、その図体では、もう忍び込めないだろうと聞いた」
「そうなんだな?」
石橋が、確かめるように聞く。
「俺は・・・」
要は口を開いたが、返す言葉がない。
「判っていると思うが、ここに残りたければ、これからは大人の言う事を聞け」
そういうと、石橋は、梶に向かってうなずいて見せた。
梶が、後ろから要に近づいてくる。
「忍び込むだけが仕事ではないが・・・」
ボスがつづける。
「・・・足が元通りになるまでは、外の仕事は足手まといになるだけだ」
要が聞いているのを確かめるかのように、一旦言葉を切った。
「お前には、今日から、梶の仕事を手伝ってもらう。」
要が振り向くと、梶は無表情な冷たい目で彼を見下ろしていた。





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