Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー27

固まった関節がやっともどり、右足がなんとか動かせるようになるまでの2週間を要はジリジリしながら待った。その日の朝の4時、みんなが寝静まった頃を見計らって要は動き出した。前の晩に身の回りの物は既にバッグに詰め込んでいた。ひき出しの奥から今まで貯めてきた金をひっぱり出してきた。50万円ほどある。これで、仕事が見つかるまでもつのだろうか?相場と言うものがわからない要は不安を感じながら、それをかばんの底に押し込んだ。机の上の写真立てから祖父と母の写真を抜き取り、ポケットに入れる。
ドアの外を窺って誰もいない事を確認してから、ソッと部屋を抜け出た。まだ足は痛いが松葉杖なして歩けないことはない。廊下を通り過ぎ、非常階段へ向かった。建物全体がシンとしていて自分の足音だけが響くように感じられた。
「アキラのところへ行こう、奴なら受け入れてくれるだろう。」
結局、相談する事はおろか、会う事も話すことも出来ないでいたのだが、要はアキラを拠り所に求めたのだ。
エレベーターを使うと、音がする。そういうことに敏感な興津が気付くかもしれない。その為に非常階段を下りることにしたのだが、5階から下まで降りるのは完治していない右足には、かなりの負担だった。15分もかけて、ようやく1階にたどり着いた時には、要は松葉杖をおいてきた事を激しく後悔した。しかし、もう取りに行っている暇も、気力も無い。物陰でしばらく足を休めると要はアキラの家のある方へと歩き出した。
バイクならあっという間に着く距離なのに、さすがに痛めた足で休み休み歩くと1時間以上かかる。八割方歩いた辺りで遂に右足が音をあげてしまった。要は仕方なく、近くの公園のベンチまで、足を引きずって行き、しばらく休む事にした。鞄から時計を出して見ると、出るのが早かったおかげで、まだアキラの起きそうな時間には間がある。要は手の中の時計をそっと撫でた。それは祖父から貰ったものだった。要の両目からやわら涙が出てきた。
「爺ちゃん」
朝もやの公園が曇り景色ににじむ中、要には祖父の言葉が聞こえた。
「生き延びろ。」
「爺ちゃん、俺は生き延びるよ。」
そう答えてベンチで横になった要は足の痛みを感じながらも疲れから寝むってしまった。

ふと気がつくと辺りから人々の生活の音が聞こえてくる。雑踏、クラクション、子どもの声、工事現場の音。
「しまった、眠ってたんだ。」
時計を見ると9時前だ、10時になるとアキラはバイトに出てしまうと聞いていた。要は慌ててアキラのアパートに向かった。石川と書いた紙が貼られたドアをノックすると
「開いとうで。」
中からアキラの声がする。
ドアを開けた要は中の乱雑さにびっくりした。6畳一間の古いアパートの中にはバイク雑誌の山がいくつもありカーテンレールには普段着るシャツが掛けてある。いいわけ程度にある台所ではカップ麺の空の容器がゴミ袋から溢れているし、部屋の隅には布団が敷きっぱなしで、その手前だけが空き地のように空いていて、人が数人座れるようになっていた。
「すまん 勝手に来ちゃった。」
要は玄関でバッグを足元に下ろしながら、そう言った。
アキラは、突然尋ねてきた要に、特に驚くでもなく、
「そうかあ。」
と、Tシャツを着替えをしながら応えた。何もきかなくても、要が家出してきた事が判ったらしい。ちょっと考えてからGパンを手に取り
「・・・まぁ、ええか。」
と言葉を続けながら履く。どうやら、こうるさい大家のおばちゃんの顔が脳裏をよぎったようだ。
「上がれよ。」
アキラがそこら辺のゴミを片付けながら要の為に場所を空けた。要はバッグを持ち直し部屋に上がりこんだ。
「俺は今からバイトやけど、8時ごろには帰るから待っとれ。それと、トイレは廊下の突き当たりや。」
そういい残して、アキラはバイクのキーを手に部屋を出て行った。すぐに、び~~んと原チャの音が聞こえた。どうやらバイト先へはガソリンの無駄遣いをしない原チャで行っているようだ。そこまでバイクのために生活を切り詰めてるのか、と要は思った。自分の今までの生活と比べるとあまりにも違う。バイクはいじり放題だし、ガソリンも使い放題だ。部屋もあるし食いものや、日用品の心配も無い。
それでも・・・。
要はアキラの部屋を見回した。壁に張られた数枚のバイクのポスター、床に散らばった雑誌やカタログ。要の部屋の四分の一もない狭い空間には夢がいっぱい詰まっていそうだった。その時、要は壁にピンでとめられた一枚の写真に目が止まった。それは、原田と今より少し背の低いアキラの2ショットだった。関西でも名の知れた走りのスターに会えた幸運に、得意満面のアキラが、写真の中で笑っている。原田によっぽど憧れているのだ。アキラが事あるごとに自分を羨ましがるのが、要には初めて判る気がした。





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