友だちやクラスメイトに纏わる記憶と現状。
- カテゴリ:人生
- 2023/02/03 17:55:23
んあ。
クラスで目立つグループと、私。
みたいな構図が眼に付いた。
うぬ。
昔馴染みの。
感覚である。
カルマかもしれん。
そんなん気にせんでいいのに。
《仲間》に入れてもらえてない自分のことを思う。
はたして、その内容。
《仲間》になりたいのか、仲間に入れないのが寂しいのか。
嫌やねん。
って、さんざん書いてきた。
人の陰口を言って、絆を深めていく《仲間》の成り方。
ふぬ。
ここで注目すべきは、構図である。
私の心理。
寂しいのである。
仲間外れの寂しさ。
どんな《仲間》なのかは知れず。
入れない。
ただ、そのことに寂しさや哀しみを感じてる。
こどもの頃。
小学校5・6年生の頃。
その2学年は、クラス替えはなかった。
みんな2年連続で同じクラスメイト。
にも拘わらず、私は。
「みんな仲良くなっていくのに、私だけ仲良くなれない」気持ち。
その頃からの構図と、なんら変わりはない。
っていう。
仲良くなりたいのか。
友だちを《選んで》いるのか。
わからんけど。
志向の問題もあるかもねー。
っと。
そんな人の陰口や噂話なんてしたくない。
っていう。
そこに《差別》が生まれてるんだろうかなぁ。
ってことなんだけど。
でも。
仲間に入れないのは寂しい。
っていう。
矛盾。
矛盾?
知らんけど。




























疎外感は寂しいっていう。
あと和のことを考えると無下に無関心でいるのもなぁ。
って。
「なんでも話せるのがいい友だち」っていう言葉を聞いたことがあるようなないような。
人の陰口を、閉じられた室の、おおっぴらなところでメインになって話す。
っていう。
それを嫌だと思う。
それは、そう。
でも、受け容れて、互いのそれを受け容れているのが、その《仲間》なふうに見える人たち。
っていう。
わからん。
気持ちも揺れるし。
疎外感は、昔馴染みのもので、トラウマでもある。
っていう。
わからんです。
いつも、いつでも。
その場、その時、その朝からの気分によって、心持もまちまちです。
自信を持っていられるのが一番ですよね。
乱暴な書類の扱いとか所作とかで、脅かしてくるからなぁ。
あれは、嫌だ。
びくびくしているけれども、それだって要らなくて。
ほんと、自信を持っていられたらなぁと思います。
といって今の職場のようだと
無理をして友達を作らなくてもいいかと思う
人に溶け込むのが下手なだけ
一歩離れて身構えてしまうのでしょうか
人間て社会的動物だけど
所詮は独り
わたしはわたし
自信を持っても良いのではないでしょうか
疎外感は、哀しいぞ。
って。
思う。
全体の和のことを考えての、位置取りだから。
一応。
寂しがりでも、まぁ、いいのかな。
って思います。
男女間で捉え方が、違うのか、どうか?
女性…、そうでもないかなぁ。
今の職場で。
かわらず、どちらでも、喋る人は喋るし、話さない人は話さない。
メインになるようなリーダー格の人はいますね。
ムードメーカーと云いますか。
役割なのか、率先して、そこにいたがるのか。
そうでもなく。
お休みの関係で、場のメンバーが微妙に変わると、そのバランスも絶妙に変わる。
ただ私は、そこには入ってない。
ただ、そこはかとなく相槌的な空気を出しているだけだなぁ。
女性の方がグループに慣れているイメージがあるかも、です。
例えば5、6人のグループに入っても
『リーダー格』のようなポジション=役割の方もいますよね。
う~ん、なんか考えさせられる内容です。
職場の人がグループ作って旅行とかに行ったりもしているようですが、
完全に無関心なので寂しさも感じませんw
ぽふさんは寂しがり屋さんね^^
コメント嬉しいです。
いろいろと不備のある私の書きっぷりですが。
思い出していました。
こどもの頃のクラスメイトとのことを。
私も、ずっと、だいたい友だちやクラスメイトとは疎遠になってしまったクチです。
仕事の《仲間》。
を感じたんですよ。
きっと、この人たちは互いに勤務先が変わっても、連絡を取り合ったりするんだろうな。
そして、そこには私はいないだろうな。
っていう。
寂しさ。
記事の後半、友だちという言葉が出てきたのは、こどもの頃のクラスメイトを思い出しての言葉でした。
わかりづらくてすみません。
あと近年、ネットが居場所な私であります。
私は中高との友達とは全て縁を切りましたね!
現在進行形で友達いませんwいないと気楽ですよ~♪
学生の頃は1人が嫌でグループに入っていましたが
社会に出てからは作ろうとさえ思いませんなw
今いるのはネット仲間ぐらいかな^^