Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー41

気がつくと電話が鳴り続けている。
「うるせー、誰だ・・・」
と時計を見ると、もう昼の2時過ぎだ。頭が痛い。電話の音がガンガン響く。犬飼は思わず布団を頭までかぶってやり過ごそうとしたが、どうやらもう一度寝かせてはくれそうにない勢いだ。
「あ~、もしもし・・・」
あきらめて、受話器をとった犬飼の耳に
「情報屋が死んだ、お前も気をつけろ。」
それだけ早口で言うと、相手はガチャっと電話を切った。
「??」
ツーツーと受話器から機械音が聞こえる。昨日は飲み屋を何軒かハシゴし、この高円寺のスタジオに帰ってきたのは確か2時ごろだったか・・・。おぼろげな記憶が戻ってくるが、二日酔いの頭はまだはっきりとしない。役に立たない受話器を元に戻し、犬飼はふらふらと冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを出してきた。迎え酒と洒落こむつもりらしい。目を擦りながら、クーラーのスイッチを入れ、ビールを一口飲む。
「情報屋がどうしたって?」
冷たい液体が喉から胃袋へ流れていく。
「死んだって、昨日会ったあいつの事か?」
記憶がだんだん鮮明になってきた。
「う~ん、確か大きなヤマって言ってた・・・」
「そういえばどこかに日本を動かしている秘密クラブがあるとか言ってたかな・・・」
犬飼は一気に缶ビールを飲み干した。
「う~~~頭は痛いがビールが旨い。ぶは~」
アルコールが回るにつれ、犬飼の頭は徐々にはっきりしてきた。どうやら、彼はアルコールが入ったほうが、頭脳明晰になると見える。とろんとしていた目つきがだんだん険しくなっていった。

しばらく昨夜の記憶を辿りながらベッドに腰をかけていたが、おもむろに犬飼は顔を洗いにシンクに向かった。その時、外の階段をカンカンと誰かが上がってくる音がした。ハイヒールの音だ。靴音の主がどうも自分の部屋に向かっている気がしたが、犬飼は構わず顔を洗って歯を磨く。鍵穴に鍵を突っ込む音がし、すぐに誰かが中に入ってきた。侵入者は、迷わず洗面所のドアを開けると、シンクで顔を洗っている犬飼のすぐ後ろで、足を止めた。
「おう、タオルをくれ。」
濡れた顔で振り向きながら、犬飼が言うその顔をめがけてタオルが飛んでくる。犬飼はそれを受け取りると顔をゴシゴシ拭いて首に引っ掛けた。
「よお、ひろみ。」
彼はもう一度冷蔵庫へと歩きながら、来訪者に声をかける。そこには当時流行のソバージュに、ボディコンの背の高い女が腰に手を当てて立っていた。水商売の女らしく化粧が派手だが、化粧がなくても相当の美人だ。犬飼は冷蔵庫からもう1本ビールを取り出しプルトップを引っ張った。
「ねえ、聞いたんだけど情報屋が死んだんだって?」
ひろみが聞く。いつもながらの早耳だ。
「ああ、さっき誰か分からないが電話があった。」
「うーん・・・」
女が眉間に皺を寄せた。
「・・・明、今回はなんかやばくない? そんな気がするけど・・・」
どうも女というのは心配性で困る、という顔で犬飼はビールに口をつけた。
「向こうが動いてくれると、こっちは探さなくてすむ。」
「あきれた・・・。いつもそうね。」
ひろみが怒ったように向こうを向いた。
「そして、未だに生き残ってる・・・」
女の背中に近づいた犬飼は、左手でその腰を抱き寄せ首筋に唇を這わせた。
「バカっ!そんな事してるバアイじゃないでしょ。」
ひろみは愛撫を拒んで犬飼の腕をスルリと抜けてしまった。
「まぁ、そうだな。」
今回は人が一人死んだらしい。それが本当なら、こんな所でのんびり女といちゃついてる場合じゃないだろう。

「懲りないんだから・・・」
ひろみがため息をつく。
「それで、昨日、情報屋と、どこで会ったの?」
「あ~、たけちゃんの店かな・・・」
犬飼は天井と見上げながら答えた。
「やっぱり・・・」
「・・・じゃあ、店に行ったら何か判るかもね。たけちゃんが知ってるかもよ。」
女がせかすように言う。
「ああ・・・、そうだな。」
開けたビールを諦めて机の上に置いた犬飼は、だるい頭を軽く振って椅子の上に脱ぎ捨ててあったシャツとズボンで身支度をしはじめた。
「で、他に情報は?」
「あたしは情報屋じゃないわよ、知ってるわけ無いじゃん。」
「そらそうだ。」
笑いながらカメラの入ったバッグを取りにクローゼットへ向かう。犬飼は中のカメラのレンズとフィルムを確認してからバッグを肩から下げ、玄関に向かった。ドアを開ける手を止めて女を振り返る。
「で、おまえはどうする?」
「あたしが必要ならいつものところへ連絡してね。」
ひろみはにっと笑った。
「わかった。じゃぁ、のち~。」
声と共にドアが閉まり、カンカンと階段を下りていく音がした。

「さて、あたしもガラをかわさないと・・・」
ひろみは律儀にクーラーを切り、玄関に向かった。彼女がドアノブに手を掛けようとすると、突然それが静かに開かれ、男が1人ひろみを中に押し戻すように入ってきた。
「ごくろうだったな。」
男が冷たく言う。
ひろみの背筋を氷のような戦慄が走った。

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2023/02/26 22:40
こっちにもコメをありがとう^^
例の半村風 なんてね
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2023/02/26 21:53
二日酔いの描写とか色々リアル~ヾ(≧▽≦)ノ
美人さんは化粧の有無にかかわらず美人なのは私もそう思ってます(´ω`*)
犬飼さん主人公だとお話がちょっとハードボイルドな感じもするので楽しい~♬




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