Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れ 43の1

昨夜最後の客が店を後にし、佐竹がカウンターを拭いているところに押し入ってきた黒っぽいスーツの男達。凄みがあるのにやくざという感じでもない。男達は昨日店に来た情報屋と、そいつとコンタクトを取った人間のことを聞いてきた。

佐竹とて、決して口が軽いわけではなかったが、隠しとおせる状況じゃなかった。今朝、情報屋が殺されたと聞いた時、これはきっと犬飼もやられていると思っていたが、やりそこなったみたいだ。あいつらは犬飼たちがもしここに来たら足止めするように言っていたから、もうすぐやってくるだろう。それまで時間を稼ぐか、それとも・・・しばらく逡巡の後、佐竹がようやく口を開いた。

「すまねえ、どうしても言わなけりゃ俺が殺られてたんだ。」
「ほう、どっちみち殺られたんじゃないのか?時間稼ぎだな。」
佐竹は慌てて起き上がり裏へと走りだした。
「もう遅いぞ。」
犬飼がその背中に向けて怒鳴った。佐竹の足が止まる。
「どうせ、足止めをしておけとでも言われたんだろう?」
「という事は、この店はマークされてるってことだ。」
「・・・コレでお前も殺られるわけだ。」
犬飼は最後に低く重く付け足した。
「あ~~~っ」
佐竹はその言葉を聞いてへなへなと床に蹲ってしまった。
「俺も・・・殺られる・・・」
力なく呟く。
「奴等は知っている人間は誰一人残しておかないだろうからな。」
犬飼は、淡々と言う。
「俺は何も知らないんだぞ!何も、聞いていない。」
佐竹が頭を上げてわめいた。恐怖で顔が引きつっている。
「そうだな、でも、相手はそうは思わんだろうな。」
「・・・・・頼むよ。どこか匿ってくれよ・・・なぁ頼むよ。」
佐竹はだんだん鳴き声になってきた。最後の方は聞き取れない。
「場所を変えよう。今ならまだ間に合うかもしれん。」
犬飼が、慰めるように言った。
「ほんとうか、匿ってくれるんだな。」

佐竹が僅かな希望に目を輝かせたその瞬間、耳を聾する音と共にビルを揺さぶるような地響きが2人を襲った。電気が消え、上からばらばらと天井の破片が落ちてくる。とっさに犬飼は床に伏せて頭を庇った。どこからともなく白い煙がのぼってきて、たちまち部屋に充満していく。
犬飼は煙で咳き込みながら佐竹を探した。
「おい、大丈夫か?」
「犬飼さん、俺はこっちだ・・・」
咳とともに佐竹の弱々しい声が聞こえた。照明の消えた店は、窓が無いため非常灯の明かりだけだ。しかも白い煙で視界がたちまち利かなくなっていく。犬飼は声の聞こえる方へ手探りで進もうとした。カウンターに置かれた濡れたおしぼりが手に触れる。丁度良い。犬飼はそれをマスクにしてさらに奥へと入っていった。
奥のほうが熱い。下からの熱気が上がってきているのだ。どうやら煙突になるような空洞があるのだろう。火の手がちろちろと上がってくる。床に散乱した酒瓶やグラスを踏みながら近づいてくる犬飼の気配を察した佐竹が
「早くしてくれ もうそこまで火が来てるんだ。」
と、懇願した。
「もう少しだ。」
犬飼も必死だ。火が壁を這い上がって来る。しかし、そのおかげで少し部屋が明るくなった。やっとの事で、狭いカウンターを抜けると、倒れた冷蔵庫に足を挟まれたまま佐竹が逃げようとモガイていた。煙にごほごほとむせている。
「くそ。手のかかるやつだな。」
犬飼はさっきのおしぼりをバーテンに握らせ、重い業務用の冷蔵庫に両手をかけた。満身の力を込めて持ち上げると、少し隙間ができた。
「腕が抜けそうだ。早よ、出ろ、どあほ!」
犬飼は顔を真っ赤にして思わず関西弁で怒鳴る。
バーテンは慌てて這い出してきた。同時に犬飼の手を放れた冷蔵庫が床にズンと落ちる。
「逃げるぞ。」
そう声をかけると犬飼は店のドアに向かった。
「足がいてえっ。」
佐竹が泣き言を言う。
「バカヤロウ 死にたいのか。」
落ちて粉々になった瓶から流れた酒で床が酒びたしになっていた。流れ出た酒の中には、ウォッカや、スピリタスもあるのだ。引火したらたちまち燃え上がるに違いない。
犬飼は佐竹に肩を貸して立ち上がらせドアから廊下に転げ出た。







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