Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れ 43の2


廊下の煙は少しましだが、暗いことには変わりなかった。犬飼はエレベーターのボタンに飛びついた。しかし、何度押してもウンともスンとも言わない。電気系統がやられたのか、下で止まったままなのか・・・。しかも、ドアの隙間からは熱気と共に白い煙が染み出してきた。
「おい、非常階段は?」
犬飼が聞いた。
「右側だ。」
佐竹が顎で非常扉をしゃくる。そちらを伺った犬飼の眉間に皺が入った。
「なにかがちがう・・・」
ホールに積まれた荷物の様子がさっき店に入る前に見た時と、違っているのだ。あの時は、ビールのケースが3つの飲み屋の前に確かに小奇麗に積まれていた。今は、それが全て、非常扉の前に異動されケースの数も倍以上ある。しかも、やたらと重い段ボール箱がいくつも追加されていた。山のような荷物が、非常扉への通路を壁のように阻んでいるのだ。
明らかにこれには誰かの作為が感じられた。が、そんなことは今はどうでも良い。何とか、非常階段にたどり着かなければ、俺達は蒸し焼きだ。
「無茶しやがる。」
役に立たない佐竹を壁にもたれかけさせて、犬飼は行く手を阻むガラクタを一方に寄せ始めた。力任せに床に投げたダンボール箱の口が開いて中に入っていた砂糖の袋が飛び出す。重いはずだ。どうにか人一人通れるようにして非常扉を開けたとたん、いきなりトリニティーのドアが吹き飛んで、後ろから炎が襲ってきた。とっさに背を向けて、うずくまった犬飼たちだが、さっき投げた砂糖の山がうまい具合にバリケードになって爆風を避ける事が出来た。犬飼は瓦礫からなんとか佐竹を引きずりだして非常扉を閉めた。

非常階段を降りかけた犬飼の足が止まった。下を覗くと熱気と炎がものすごい勢いで上がってくるのが見える。これでは下まで降りれそうにない。
「くそ、上に行くしか無いか。」
佐竹と犬飼は、踵を返して階段をあがっていった。屋上のドアを蹴破り外に出ると消防車のサイレンの音や人々の叫び声が聞こえる。はしご車が来てくれるのをここで待つしかないかと思ったときに、急に近くの床が崩れ、火の手が上がった。屋上の床と共に周りの鉄製の手すりが、ガラガラと下に落ちていく。ここもあまり長く持ちそうに無い。犬飼は辺りを見回した。うまい具合に狭い路地を挟んだ向こう側にこちらより少し低いビルがある。手すりのなくなった側から勢いよく走ればなんとか飛び降りれそうだ。
「他に道が無いな。」
犬飼は路地の間合いを目算で確かめながら、佐竹に言った。
「俺が先に行く。お前は後から飛んで来い。」
佐竹は無言で力なくうなずく。
「じゃあ行くぜ。」
犬飼は助走をつけて勢い良く踏み切ると隣のビルに向かって宙に身を躍らせ、うまく向こう側に着地した。振り返って佐竹に手で合図をする。
「来い、早くしろ。」
「待ってくれよぉ。」
佐竹はそう言うと、びっこをひきながら走ってきた。痛めていないほうの足で踏み切り必死でジャンプする。佐竹の身体が弧を描きながら隣のビルへ飛んだ。犬飼がそれを受け止めようと隣のビルの手すりから身を乗り出す。
「ばかやろう、もっと・・・」
佐竹の右手が、犬飼の伸ばした右手の指先を僅かにかすった。
「あああああああああ」
佐竹の断末魔の叫び声がだんだん小さくなって遠く落ちていった。下から野次馬の悲鳴があがる。
空を掴んだままの右手を見つめて犬飼はしばらく茫然としていた。その時、
『・・・にげろ・・・』
突然頭の中に、声が響いた。守護天使だ。弾かれたように我に返った犬飼は階段を駆け降りながら自分に戦いを挑んできた何か大きなものの存在に武者震いした。
「どうやら情報屋のヤマは本物のようだ、コレは高くつくぜ。」
地上に降りた犬飼は何食わぬ顔で野次馬にまぎれ、その姿を消した。





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