Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー46

まだ夕刻には間のある雑踏の中をバイクが1台交差点を曲がって走ってきてコンビニの前の路側帯に止まる。タンデムで黒っぽいヘルメットに黒いレザージャケットの男と白いシャツだけの男が乗っていた。後ろの白いシャツの男がヘルメットを脱いだ。犬飼だ。彼は、コンビニ横にある公衆電話で何件か電話をかけていたが、どうもつながらない様子で諦めると、店に入っていった。中であれこれ見繕い、間も無くサンドイッチと缶コーヒーの入った袋を下げて出てきた。待っていたアキラの後ろに跨りながら、次の行き先、セーフハウスの場所を告げる。
出版社を出てからと言うもの、犬飼は一つの事が気がかりになっていた。昨夜からの短期間で、既に2人の口封じをやってのけた相手の行動力から察すれば、今頃やつらは血眼になって自分の居所を探しているに違いない。自分の高円寺のスタジオは既にかぎつけられていると考えるのが妥当だろう。
「ひろみは、あれからすぐ帰っただろうか。」
スタジオを出るときまだ部屋に残っていたひろみの事が気にかかる。彼女が情報屋の死と犬飼をいち早く結びつけ得たのも、今となっては不思議だ。犬飼が、昨夜は佐竹のところで飲んだと言った時も彼女は「やっぱり」と返してきた。それは、犬飼がトリニティーに行っていた事を予想していたとしか考えられないではないか。
「あたしが必要ならいつものところへ連絡してね。」
出掛ける俺の背中にひろみはそう言った。しかし、その番号に電話をしたが彼女は出ない。もちろん彼女自身の部屋にも戻っていない。もしやと思いスタジオにかけても、返事はないのだ。
「時間的にそろそろ務めにでているのか・・・。」
そうも考えられなくはないのだが、もやもやした不安が、犬飼の頭に広がっていくのだ。
「とにかく、セーフハウスから車を引っ張り出さないことには、動きが取れん。」
犬飼は、逸る心を抑え、自分にそう言い聞かせた。

真実を伝えると言うことは時として身の危険を伴う。自分の身をを守るために犬飼は都内に何箇所か隠れ家を確保していた。それは倉庫の片隅や、工事現場の飯場、そして犬飼のシンパの家など、さまざまであった。
アキラはルポライターの道案内で閑静な住宅街にある一軒家の前でバイクを停めた。
「ここは、ちょっとした知り合いの家なんだが、ガレージを借りてるんだ。」
犬飼は説明も早々に、裏からガレージに入っていった。車が2台停められるダブルガレージの中にグレイの中古のブルーバードが停められている。残りのスペースには、所狭しと、机やソファー、棚などが置かれ、床はアキラもびっくりするほどの散らかりようで、足の踏み場が無い。犬飼は中に入るとすぐに、電話に飛びついた。相手が出ないのに舌打ちをし、受話器を叩きつけるようにもどす。しばらく考えていたが、気を取り直して、別の番号にかけた。
「あ、もしもし・・・」
今度は誰かが出たみたいだ。
「ひろみは・・・?」
相手の返事を聞く犬飼の顔がみるみる険しくなっていく。
「くそ、一体どこに入るんだ・・・」
受話器を置くと、犬飼はアキラにコンビニで仕入れた晩飯を2つに分けてその一つを投げてよこした。
「俺はすぐ戻る、今のうちに腹ごしらえしておけ。」
中からガレージのシャッターを開ける。車に乗り込みエンジンをかけ、犬飼はサイドウインドーからアキラを振り返った。
「バイクは中に停めておけよ。」
そう言い残すと、彼は夕暮れの中に車を走らせていった。





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