「契約の龍」(122)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/23 14:09:41
「魔法とは何か」
口頭試問の一問目が、いきなりこれだ。
だが、頭の中に入ってる講義録をひっくり返してみても、学長が「総論」の講義でこのような内容を口にした事は、一度もなかったはずだ。人伝に聞いた、過去の試験内容でも、このような設問はなかった、と思う。立会人を頼まれた王宮の魔法使いも目をむいている。
「どうしました?仮にも「魔法使い」を志す者が、自分が扱う技術にが、どのようなものであるかを知らない、という訳にはいかないでしょう?」
考えが甘かった。口頭試問は、出題者が恣意的に難易度を上げ下げできる。
……これは、実質的な卒業認定試験だ。
「答えられないのなら、次の…」
「待ってください。…考えをまとめていました。魔法とは…」
卒業認定試験、であれば、型通りの「正解」などは存在しないはずだ。
「…自然界にある物理法則を、人の意志を介在させることによって捻じ曲げる技術」
…あれ?物理法則だけで良かっただろうか?ジリアン大公の捜索に使った「手をのばす」というのは、その条件に合わないような…いや、人の感覚そのものは、物理法則にしたがっているはずだ。
「…ふむ。では、「魔法における、呪文詠唱と呪陣の意義は?」」
「呪文詠唱は、まず第一に、術者の意識集中のため。それから、呪陣に施してある魔法の発動条件の一つ。それから、実際に魔法を行使する「力あるモノ」への命令。それから…あとは…」
なんだろう?何か忘れている気がする。
「呪陣の方は?」
これは答え易そうだ。
「まず第一に、魔法を行使できない人に対する魔力の分与。次に、時間的、空間的に離れた対象に対する魔法の行使。それから、術者単独では支えきれない大きな、あるいは複雑な魔法を使う場合の役割分担の明示。…ああ、あと、魔法の効果を継続して使いたい場合、もあるか」
「なかなかすらすらと答えますね。まあ、十年以上学院にいれば魔法について考える時間はたっぷりあったろうからね」
「…ものすごく落第した人みたいに言わないでください」
「いやあ、あんまり即答するので。少しは考えるそぶりくらい見せてほしいものだなあ、と。…そうですね、少しあなたの専門からは外れますが、「幻獣とはどんな存在か」。…答えられない、とは言わないですよね。春からずっとかかわってきているんですから」
「…それは、幻獣と、精霊とか妖精とか呼ばれるものとの違いにまで触れないといけないのでしょうか?」
「できるものならば」
そう言われたら、それも織り込むべき、か。
「幻獣とは、「力あるモノ」のうち、実体をもつものを指す。…あ、いや、実体があるのは、自然状態において、か…」
「幻獣憑き」に憑いている幻獣は、実体をもたないし、あのリンドブルムの例もある。
「幻獣と、通常の野生動物の違いは、魔法を使えるか否かによる、とされている。また、幻獣は、人と契約するすることによって、そのものに特権的に魔力を与える事ができる。人と幻獣との契約には、使役契約と憑依契約があり、後者の方がより大きな魔力を得る事ができる、とされる…」
「まあ、大抵そんなとこでしょう。連中はなかなかひと括りでは語れませんしね。殊に、あのリンドブルムは常識外れだし。あれは一般的な「幻獣」を語る時には、考慮しなくて構わないと思います。…将来的には、判りませんが」
そんな流動的なものを試験問題に出すとは…
「これで最後ですが、あなたが目標とする、あるいは尊敬する魔法使いを、一人、挙げてください。現在生きていない方でも構いません」
「……それ、は、試験問題、ですか?」
「そうですね。そうとも言えるし、違うとも言えるかもしれません。毎年訊いているんですが、評判悪いですねえ、この設問」
「……答えないと、いけませんか?」
「ここだけの話ですが、ちゃんと採点対象になっている問題ですよ。正解、というのは想定していませんが」
…何だ、それは。
「ああ、立会人の方も、お知り合いで学院の学生がいらしても、口外しないように願いますね。成績が際どいところにいる学生には、貴重な情報ですので」
…いわゆる、温情措置、というやつか。
「ちなみに、他の問題全てに答えているにもかかわらず、この問題に無回答だった場合、もれなく「行動記録」に「自分が一番偉い、という独善的傾向がみられる」という一文が付け加えられることになります」
……トラップだったのかっ。