Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー60

倶楽部在籍の頃からやり手と言われてきた石橋は、少数先鋭の部下たちに支えられ、横浜の倶楽部とも連携しつつ、ラ・パルフェ・タムールを関西の紳士クラブとして成功させてきた。

18年の長きにわたって三代目田中が神戸を後押しするのは、横浜の利益になるからだという事を石橋は重々承知していた。
それゆえ、自分をいつまでも部下として処遇する三代目の態度に甘んじてその要求にも応えてきたのだ。
田中は独裁的な支配人であり、情に薄い男だ。それでも石橋が彼に追随するのは、三代目と自分が目的を同じくするからである。
三代目は自他共に認める国粋主義者で、その目標は強い日本、アメリカの庇護からの独立である。
折に触れて意見を異にする事はあっても石橋は本筋で三代目の考え方に深く同調するのだ。
勝見議員は田中の支援を受け、防衛族のリーダーとして脚光を浴び、一地方議員から有力代議士へと成り上がったにもかかわらず、アメリカの軍事企業の圧力と賄賂攻勢にあっけなく方針を変え、掌を返したように国防の他力本願をやむなしとする姿勢をとり始めた。
これに怒りを覚えたのは田中だけではない。石橋も落胆を隠す事が出来なかった。
さすがに横浜の倶楽部の敷居が高くなったと見え、1年前勝見議員は石橋の店に乗り換えてきた。
神戸と横浜のつながりを露ともしらず、神戸のコンパニオン達を侍らす勝見の寝物語を石橋は求められるままに田中に送り続けた。
丁度半年前、勝見の口から懇意にしているアメリカ企業と現米国第3海兵遠征軍司令官の名前が漏れるまでは・・・
「ロバート・シュルツ」
次の朝、梶から届けられた報告書に書かれたその名を見つけ、石橋は自分の目を疑った。
20年以上前に殺された妻子。
その容疑者として名の挙がった海兵隊員たち。
しかし、その中に一人、士官がいたらしく、その男が首謀者と言われた。
妻の薫子に言い寄っていたエリート然とした白人の男。男達を目撃した雑貨店店主の証言で、浮かび上がった名前が『ロバート・シュルツ』だった。
しかしながら、事件は証拠不十分で、シュルツを含め、兵隊達は全員帰国してしまい、糸が切れてしまっていたのだ。
夢にまで見たその名を目の前にし、石橋は21年前の妻子の無念を否応がなしに思い出した。
「薫子、私はお前たちの事を片時も忘れた事が無い。」
そのとおり、石橋は、米兵を憎み、日本の政治家達を憎むためだけに生きていると言っても過言ではなかったのだ。
勝見議員の反旗を知り、田中は議員潰しに血眼になり始めたのはわかっている。
が、石橋にとって、それはもうどうでも良いことだ。最愛の妻子の仇を討つために、今、石橋は勝見を操ってシュルツを神戸の店の客として迎えようとしている。
同時にシュルツのバックグラウンドの調査も着々と進行している。
勝見議員は石橋をシュルツに繋げる必要不可欠な道具なのだ。今潰されるわけにはいかない。
「薫子と徹ために、なんとしても、田中を止めなければ・・・」

「どうかなさいましたか?」
梶が声をかけた。今週の客のリストを見つめたまま考え込んでいた石橋が顔を上げた。
「勝見議員が来るな。」
その目が赤く、潤んで見える。
「左様ですね。」
梶が答える。勝見は白人とハーフのコンパニオンにご執心でこのところ3日と空けず来店しているのだ。
「田中支配人が情報を要求しておられます。」
石橋が視線を落とした。
「来店が無いと報告しておけ。」
石橋はここ数ヶ月、同じ言葉を繰り返していた。こんな小手先の言い訳がいつまでも通用するはずが無かった。現に、神戸に不審を抱いた田中が今夜斎藤を送り込んでくるのだ。
まさか斎藤と勝見が鉢合わせになる事は無いだろうが、もしもと言う事もある。
「上手く会わさない手はあるか・・・」
石橋は、自問するようにつぶやいた。それが斎藤と勝見の事を意味すると察した梶が、顎に右手を持っていき少し考えてから、
「すれ違いと箱抜けでしょう。」
と答えた。石橋はしばらく梶の顔を見ていたが納得したように目を細め、
「お前に任せる。」
と、書類に目を戻す。その言葉に梶は一礼して石橋の執務室を辞した。
石橋は机の上の書類を見つめたまま、また、薫子たちの事を考えていた。石橋の指示で、コンパニオンが勝見にシュルツの同伴を言葉巧みにねだっている。
勝見も徐々にその気になっているようだ。シュルツの来店は近い。そうすれば、いよいよ石橋の最後の見せ場なのだ。石橋は襟のラペルピンを開けた。
「もうすぐだ薫子、徹。」
写真を見つめる石橋の目には涙がにじんでいた。

石橋の部屋から戻った梶は日常業務に加え、横浜からの客人の為の資料集めが入り、珍しくばたばたしていた。店の準備はルーチンだからスムーズに捗るが、勝見の書類を調整するのには、さすがに手間取る。
しばらくして全ての手配を終え暫し休息に入った梶は事務所の椅子に持たれかけて両手を組んで膝の上に置き目を瞑った。
代議士の情報を大事にするのは本来の方針だが、それとは違った勝見に対する石橋の入れ込みようは異様だった。
勝見が沖縄の司令官の名を口にしてから、石橋はすっかり変わってしまった。
物思いにふけり、その手を襟のラペルピンにあてるのを梶はよく見かける。
いつも身に付けているラペルピンに、石橋が決して語らない過去が隠されているのは知っていた。
そして、その過去と米軍司令官に何かつながりがあるらしい。
梶の知る限り、石橋は米軍に憎しみを持っている。それも普通の憎しみではなかった。
語気を荒げては『奴らは畜生にも劣る』と吐き捨てるように言う。
その彼が米軍司令官に是が非でも渡りをつけようとしている。
権謀術数に長けた石橋にしては何が何でも司令官を招待したいという余裕のなさが、梶を困惑させるのだ。
「田中支配人に背いてまで、何かをやり遂げようとしておられる。」
それは一体なんなのだ?それから導き出される答えに梶は長いあいだ深甚し、梶はやがてある答えに至った。
「ふーーっ」
ため息が聞こえた。
「まったく気の長い話だ」
梶がポツリと言った。

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2023/04/25 17:53
しーちゃんこちらにも失礼します。
刻の流れのお話も、微かな南風のお話も楽しく読ませてもらっていたので、
続きも気になるし(T_T)
びっくりするし何があったのかと思うと涙でちゃって・・・。
アルフレッドさんたちにも会えなくなるのかな。
お話の感想もまだ書きたいと思ってて書けてないんだもん(>_<)

あれこれ詮索するのは良くないと思うけど、直接お話する機会を作ってもらえたらなあと
思っています。
体調などもあると思うのですぐには無理でも、もしできたらお返事もらえたらと。
これも迷惑になるのかもしれないけれど、伝えることは伝えておきたいと思って
書かせてもらいました。
しーちゃんお身体大事して下さいね。




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