Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー64

遂に婦長に放り出された要とアキラが建物の前で談笑している所に梶が興津の着替えを持ってやってきた。

梶に気付いた要が軽く頭を下げる。
梶はそれに目だけで答えた。
「要にしては珍しい。」
と、思いながら二人には声をかけず玄関のガラス戸を通って建物の中に入る。
原田に教えられた病室のドアをノックをすると少ししてドアが開き、中から若いナースが髪を手で直しながら出てきた。
白い制服の胸元が乱れている。
「ふん、手術が終わったらもう営業か?」
彼女と入れ替わりで入ってきた梶が咎める風でもなく言う。
「まだ病人だからな。お手柔らかに頼むよ。」
梶はにこりともせずに、
「口紅が付いてるぞ。」
と、脇にあったティッシュの箱を興津に投げた。興津は慌ててティッシュを取って口を拭き
「鎮痛剤といってくれ。」
とニヤニヤする。梶は原田に頼まれた着替えの袋を椅子に置いた。
「その元気なら連絡係は必要ないな。」
「要はつれて帰るぞ。しばらくおまえの変わりに給仕をさせねばならん。」
と言って、井上医師に会うため早々に病室を出た。

 井上医師から興津の症状の説明を受けた梶が待合室に向かおうとすると、丁度要とアキラが戻ってきた。
梶が要の知り合いだと判り、今度はアキラも頭を下げる。梶はそれに目だけで応えた。
「要、帰るぞ。」
俺も?と言う顔で見返す要を梶が睨んだ。
「飲み会はまた今度でもええねんで。残念やけど。。。」
アキラが気を利かせた。
その時、興津の隣の病室のドアが開き、
「ひろみ、おれは一服してくる。」
と言いながら犬飼がタバコを片手に外に出てきた。
鉢合わせになった形で、アキラが慌てて紹介する。
「犬飼さん、こいつがこの前にゆうてた神戸の友達です。」
「ああ、六甲山で、おまえと走り屋で鳴らした仲って奴か?」
犬飼が、要をじっと見て、なるほど、と納得するように頷いた。
1週間前横浜から神戸へ逃れて走った5時間、犬飼とアキラは、出身地神戸の話から、今までやってきたこと、社会への不満までと会話がかなり弾んだのだった。
「要、こっちがボスの犬飼さん。ルポライターやねんぞ。」
アキラがまた自慢げに言う。
「要です、よろしく。」
元気よく頭を下げる姿がアキラによく似ていると思いながら、
「ああ、よろしくな。」
と手をだした。梶は一歩下がってその様子を見ていたが、
「行くぞ。」
と要に言い、自分はさっさとその場を離れていく。
「はい・・・」
慌ててその後を追いながら、要はアキラを振り向いた。
「明日、また来る。」
そう声をかけ、手を振った。

涼しい待合室から蒸し暑い午後の駐車場に出た梶は眉間にシワをよせていた。
もちろんそれは暑さのせいではない。
「ルポライターの犬飼・・・」
独り言を呟くが後のほうは声にならない。
梶の頭の中はフル回転をしていた。
その名は一週間前に田中が逃したという形容付きで耳にした名だ。
『東京で行方不明のルポライターが神戸にいる・・・タイミングがよすぎるな。』
「どうかしたんですか?」
急に立ち止まった梶に訳がわからず要が聞いた。しかし、梶の耳には何も入らないようだ。質問した要も肩をすくめ黙ってしまった。





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