Nicotto Town


ぴのぴののなんでも日記


『どうする家康 信玄を怒らせるな』の観賞考察です



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 GW真っ只中、次回は出社前のブルーな頃だなあ。前回の記憶が薄れないうちに家康記録を残します。
 「ラストマン」は延命中、ハードな日曜は続きそうだ。 
 では「信玄を怒らせるな」考察です。
・ええっ、もう次は三方ヶ原の戦いが来るタイミングだったのかあ。時間感覚がわからなくなってきたー。何か所も信玄の具合の悪さを仕込んでいるので、そろそろかあ。
・松平勝俊は全く知らなかった。異父弟なら将軍継承者としても高順位だったはず。その後の御三家の元祖にでもなるのかな。服部半蔵は調査不十分じゃん。
・三方ヶ原の合戦は3回くらいかけるか?赤軍団の大合戦シーンに期待するけど、前例ですべて裏切られてるしなー。武田騎馬軍団をCGでどうする?いったい誰が戦死?チャットGPTはつないだけど聞かずに我慢します。
・上杉謙信の顔を出させない意味が分かんない。北条も今川氏真は再登場が近い?信長はこの頃何を?同時併行で信長、義昭、浅井、朝倉、毛利は何してる?
・井伊直政の懐柔方法は見せ所になるんだろう。

 本能寺の変までの時間はどれだけある?築山殿はあとどのくらい?お市のドラマは併行して進捗中?
 年表と地図、やっぱいるよなあーーーー。
 
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2023/05/06 21:43
投稿前に900文字程度を丸っと消してしまい、内容を思い出しながら再投稿しました。
書いたものが消えると落ち込みますね~。
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2023/05/06 21:40
劇中では、山形昌景の元に預けられていた様に見える勝俊ですが、実際に預けられていたのは穴山梅雪のところです。
劇中の様な無茶苦茶な扱きは無かった筈。
鍛錬はしていたでしょうけどねぇ…
山県昌景が率いる赤備えは元々兄飯富虎昌が率いていたもので、兄の死後昌景が引き継いだもので武田軍の代名詞と言えるものです。ですから凄い鍛錬をしていたかもしれませんが。
武田の強さを伝える為かもしれませんが、ちょっと無茶な描写でした。

勝俊の甲斐脱出は、家康の手配、ということなので、劇中の様に服部半蔵による救出はあり得ないですが(半蔵は忍者ではなく武将。伊賀組を預けられるのも三方ヶ原合戦で伊賀組を率いる兄が戦死したから)、伊賀組の誰かが派遣された可能性はありますね。
大雪の山岳部を踏破した為、両足の指を凍傷で失ったのは事実の様です。

具合が悪そうにしていた信玄。
信玄の死因は、中井貴一氏主演の信玄では労咳(結核)でしたが、近年では消化器系の癌ではないか、とされてきています。
今作では珍しく近年の説を取る様ですね。
既に自分の死期を悟っている様な雰囲気でした。

そして、注目すべきは夏目広次です。
三河一向一揆で少し目立った他は影が薄かった広次が、前回から急にクローズアップされ、今回は軍議(?)にまで参加している程。
これはやはり、次回の三方ヶ原合戦で彼の最期の活躍が描かれる前フリでしょうか。
というかこれで活躍させなかったら脚本も演出も阿呆と言うしかありませんけど。

上杉謙信と北条氏康・氏政は、今の所家康とは直接の関係がありませんので、登場しないのは仕方が無いかもしれません。
そちらに割く尺があれば家康と家臣団を描く方が良いです。
劇中では、望月千代女に謙信に同盟を求める書状を奪われていた様ですし。
ちなみに、史実では家康と謙信の三越同盟は成立しています。効果があったかどうかは不明ですけど。
北条氏康は劇中でも多分もう亡くなっているので、登場は多分無し。
氏政は、武田滅亡後に上野国(こうずけのくに)を徳川と争いますので、其の時に登場する可能性はありますね。
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2023/05/06 20:33
劇中で虎松が、家康の所為で自分の家が滅茶苦茶に、と罵っていましたが、ほぼ八つ当たりです。
虎松の祖父である井伊直満(直平の息子)が今川家に謀反を起こそうとしている、と讒言を受けて殺されますが、これは桶狭間の16年も前で、家康(竹千代)はまだ岡崎にいるかもしくは織田の人質になったばかりの頃。
その後、父親の井伊直親も同じく讒言が元で今川氏真に殺されます。
これは丁度遠州錯乱という遠江が今川と徳川(当時は松平)との間で、どちらにつくか、と混乱していた時期なので、家康も完全に無関係とは言えないかもしれませんが、戦国時代の国人領主には珍しくもないありふれた事態でしたので、やはり恨むのは見当はずれの逆恨みでしょう。
恨むべきは、祖父と父を讒言で陥れた小野氏の筈。祖父を讒言したのが小野政直、父を讒言したのが政直の子の小野政次ですので。

というわけで、井伊谷(いいのや)に戻った虎松君は後見人である直虎さんにきつ~くシメられることでしょう。というかシメられろ。
この時期の虎松は、本来なら三河の鳳来寺に匿われている筈で浜松にいる筈ないんですよ。

武田の人質になっていた松平勝俊は、久松長家とお大の次男ですので、家康の異父弟として松平姓を与えられていますが、徳川家の継承権は無い筈です。徳川家(松平宗家)の血を引いていませんので。
それに、30代半ばの若さで亡くなってしまいますし。
徳川御三家の祖は、尾張が家康九男の義直、紀伊が同十男頼宜、水戸が同十一男頼房で、ドラマではまだ生まれていません。

勝俊が武田の人質になった事は、三河物語にも武田家の甲陽軍鑑にも記載がありますが、内容が些か異なっています。
三河物語だと今川に、酒井忠次の娘おふうと共に人質にだされたものの、今川家臣の三浦何某が武田に寝返る際に勝俊とおふうを伴った為に二人は武田の人質になった、とされています。
甲陽軍鑑だと、最初から武田に出された人質、と読めます。
今川の人質に出ていたとすると、家康が今川から離反して信長と同盟した時点で、他の三河の人質たちと同様に殺されていて然るべきと思いますので、多分甲陽軍鑑の記述の方が正しいと思います。

劇中ではとんでもない境遇だった勝俊ですが、実際は多分もっと丁重に扱われていたと思われます。
武田信玄は、人質を丁重に扱っていたそうなので。
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2023/05/06 19:47
こんばんは^^

合戦より人間ドラマ重視なのは、昨年の「鎌倉殿~」も同じなんですが、そのドラマの構成が脚本家によってこうも違うのか、としみじみ感じるこの頃の「どうする家康」です。
印象としては、「鎌倉殿~」は点のドラマが繋がって一本の線になっている感じ。対して「どうする~」は点のみで構成されている様に感じられます。
一つ一つのドラマには目を引く事もあるのですが、それらが一つながりと感じられないのですよね…
あと脚本の古沢氏、歴史が苦手というより嫌い?
ノンフィクションではないのだからある程度は目を瞑るとはいえ、突っ込み処が多すぎて、結果解説も長くなりがち。

まず井伊直正(まだ虎松ですが)は、家康の浜松炒りの時は10歳です。いかに才能豊かとはいえ、10歳の子供に翻弄される榊原小平太と戦国最強の筈の本多平八郎の図はありえなさすぎて不自然。
虎松が家康の小姓になるのは1575年で、其の時は15歳になっているので、無理矢理10歳時に登場させるより自然に思えるのですけどね。
武田の調略が深刻だと知らしめるためかもしれませんが、少々安直と思えました。

ところで、井伊家は実は松平家より余程名門と言って良い家です。
鎌倉幕府の御家人で、執権北条経時の頃には遠江の井伊介(いいのすけ)、と遠江No2(No1は守(かみ)ですが、遠江を治めるのは事実上のトップである介(すけ)なので、井伊家は遠江のトップだったんですね、その頃は。

南北朝の時代に南朝に味方した井伊家は、南朝が北朝に敗れた結果、北朝方だった今川家(元々足利家の分家)に服属する事になって零落します。
時が下って戦国時代、井伊直平(井伊直正の曾祖父、実は家康の嫡男信康の曾祖父でもあります)の代で井伊家は再び今川家に対して反乱を起こします。
この時の今川家は、多分後継者争いで乱れていた頃なので勝算有と思ったのかもですが、あっさり鎮圧され残っていた所領も城も今川に奪われる結果に。
そこで直平は、自分の娘を今川の人質に差し出し、その娘がその後今川一門の関口氏純に嫁いだ際に所領と城が変換されています。
関口家に嫁いだ直平の娘は、その後家康室になる瀬名姫をもうけましたので。瀬名姫は直平の孫、子の信康と亀姫は曾孫になるんですね。
多分その縁で史実の井伊直正は家康の小姓になったのではないか、と私見ですが考えています。
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2023/05/06 17:05
浜松まつりの家康役 松本潤さん!
「出陣じゃ~!!」よりも
お弁当を配る笑顔の方が自然だったなぁ(´ー`)
ドラマと関係なくてごめんちゃい(*- -)(*_ _)




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