Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー68

神戸のホテルに滞在する斉藤の部屋の電話が鳴り、部屋の主はたたき起こされた。

眠い目で時計を見ると夕方の5時前だ。こんなに眠っていたのかと受話器を取る。それは田中からの電話であった。
「状況が変った。お前はルポライターを捕らえろ。」
前置きはない。単刀直入である。
「は?」
喉から手が出るほど願っていた命令に斎藤は喜ぶよりもその唐突さに驚いた。
「確かな筋から、ルポライターとその女が神戸にいると情報が入った。」
「部隊の男を3人神戸へ送った。19時に新神戸に着く。連絡を取って指揮を執れ。」
勝見議員の調査は完全に行き詰っており気が滅入っていたところである。
「二人の顔写真と病院の住所を梶にFAXで送る。」
梶から受け取れと言う田中の指示を斎藤は徐々に実感となって湧き上がってくる抑えようのない高揚感の中で聞いていた。
「わかりました。」
力の入った返事をした斎藤は急いで上着を着て部屋を飛び出した。

「田中支配人から私にFAXが届いているはずだが?」
開店準備のためにリセプションに立つ梶を捕まえ、斎藤が言った。
「FAX?」
梶は少し考えて、
「事務所を見てこよう。」
と、5階へ上がっていった。
FAXには確かに倶楽部から2、3枚書類が送られてきていた。
2枚は写真で梶が今日井上医院で見かけた犬飼と言う男と、もう一人は若い女で内田ひろみと書かれている。
最後の一枚には井上医院の住所と電話番号がいくつか記されていた。
梶は手早く書類のコピーを取って、内ポケットに収め、4階で待っている斎藤のところへ戻った。
黙って書類を斎藤に渡す。目を通した斎藤が
「井上医院というのは遠いのか?」
と聞く。
梶は初めて見るように書類を覗き込み、
「中央区だな、ここから歩ける距離だ。」
と答えた。
「運転手と車を貸してくれ。」
斎藤は命令調で言った。
「運転手?」
梶が怪訝な顔をする。
「支配人から特命を受けた。」
斎藤は得意げである。
「ほう・・・」
梶は面白そうにあごを撫でながら
「田中支配人の特命であれば、助けたいのは山々なのだが、今夜はまずい・・・」
「・・・興津が急病でうちも人手が足りんのだ。」
もっともらしく言い訳をする。すると斎藤は急に弱気になって
「横浜から応援が来る。それを新神戸まで迎えに行ってくれるだけでいいんだ。」
どうも相手が同格以上だと強硬姿勢が保てないようだ。それならタクシーを拾えと言いたいところだが、梶は、
「それなら原田を貸してやろう。」
と、内線で原田を呼び出した。





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