いや、なんとなく。
- カテゴリ:人生
- 2023/05/08 20:40:37
「安楽死を認めてほしい」と云ってる、死にたがりの人たちがいる。
ふぬ。
それ、自分のことしか考えられてないんだよね。
って。
ほんま。
そんなん、あかんやん。
って、ふと思った。
それは。
「安楽死が合法だから」って人を死に至らしめるというのが簡単にできちゃう。
っていう。
何て云ったら伝わるのかわからないけど。
人を。
他人を。
云いたいこと、わかります?
ただ「なんで人を殺してはいけないのですか?」
には。
よく答えられないから。
それだって、何とも云えない。
理屈じゃあない。
なんだって、そう。
死にたがりの人たちも。
止むに止まれず、死にたがりになるしかなくなっているわけで。
まぁ、死にたがりの人にも、いろいろいる。
一概には云えない。
結局。
何が云いたいのか。
何を云いたかったのか、
ってのも、
有耶無耶になってしまうくらい。
デリケートな問題なんやで。
っていうことについて、
もやもやと思ったので書き出しただけです。
すみません。




























その、『そのとき』が、今かもしれない人たちがいる。
ように見えたりする。
でも。
そうではない、まだやれるはず。
と、言葉のこちらの私は思う。
Twitterをやってて、こんなにもか!! と思うほど、おすすめに死にたがりの人たちが出てきて戸惑った。
っていう。
『誰もが避けられない死』を、「どうせ死ぬのに」という言葉に帰結させる。
ような人もいてる。
いろいろと考えがぐるぐるとするけれど。
自分の視界に入れるか入れないか。
どうするかなぁ。
私も、自分自身のことについても、いろいろ想像するけれど。
ほんと、『そのとき』にならんと何も、わからんし、
今が、『そのとき』を創っていく、まだ『そのとき』は生まれてもいないかもしれない。
って思います。
そこに至るまではかなりの想いが・・・
死は誰もが避けることができない
安楽死は自分の最後の選択なのかな
自分ならどうするか・・・
その時が来ないとわかりません
まだしもそれ以外の人は
できるだけ頑張ってほしいと思ってますが
おいどんも体のことはあまり考えずに食べているので
人のことは言えません
体の自由がきき人間としての尊厳を保てる間に逝きたい
というのは願いとしてあります
難しい問題ですね