Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー71

新神戸で本田たち3人を難なく拾った原田は、10分後、再び井上医院の駐車場に戻ってきた。

入り口に斎藤が待ちかねた様子で立っている。いかにも人を待っている風のその様子に苦笑しながら原田はクラウンを近くの駐車スペースに停めた。
「ご苦労」
降りてきた原田に斎藤が声をかける。
「梶から車はお貸しするように聞いていますので。」
と言いながら、原田は斎藤にキーを渡した。
「うむ」
受け取る斎藤に背を向け、原田は病院前で客待ちをしているタクシー乗り場へ向かった。
クラウンの助手席から本田が降りてきて斎藤に頭を下げた。
「ただいま到着しました」
後部座席から、鈴木と川崎も降りてきて礼をする。
「よし」
斎藤は満足そうに頷いた。
「ルポライターと女の居場所は確認した。一階北側の103号室だ」
その窓の見えるほうを指差しながら、斎藤が説明する。
「今は見舞い客で人目が多い。8時を待って乗り込む」
斎藤はここで本田の顔を見た。
「8時10分前に病室に突入する」
「はっ」
本田が短く返事をする。
「本田はドアから犬飼の気をひきつけろ」
「はっ」
「私と川崎は窓から突入する。女を押さえればやつも抵抗すまい。2人とも縛り上げてしまえ」
「鈴木は窓の傍まで車を回して待機」
「はっ」
「時計を合わせる3・2・1・0」
全員が持っているクロノグラフを合わせる。
「それと・・・」
斎藤は続けた。
「未確認だが、ターゲットは3人になった」
斎藤は病院で見かけたアキラの特徴を3人に説明する。アキラを処分する命令は田中から来ていないが、犬飼達に同行しているというだけで消す理由は十分だ。
斉藤たちは車に乗り込み時間を待つことにした。が、それが失敗だった。
部屋に見張りを立てなかったのだ。
見張りさえ居ればちょうどその頃、アキラの持ち帰った花籠が元で部屋を抜け出そうとしている犬飼たちを窓際で押さえる事が出来たかもしれない。
折から見舞い客の車が多くなってざわつく駐車場で暗闇に紛れ白いバンのほうへ向かう車椅子の女をリアシートの鈴木が見つけた。
「本田さん、あれ!」
と指差す。
見ると男が車椅子を押していて、傍についていた若い男が何事か言って病院の建物の方へ走っていく。
「犬飼と女じゃないか?」
鈴木が後部ドアを開けて外に飛び出した。
犬飼に向かって走ろうとする行く手を、乗用車が急ブレーキを掛けてさえぎった。ボンネットに両手をついて立ち止まった鈴木に
「何してんねん、あぶないやろ」
見舞い客と見える運転手の男が窓を開けて怒鳴る。
その時、鈴木の数十メートル先で突然2つの人影が白いバンに近づき、車椅子を押している男の後ろから何かを振り下ろした。
男はそのままクタッと地面に崩れ落ちる。
車椅子の女は、悲鳴を上げる間も無く黒い4ドアの軽四に押し込まれた。
「なに?!」
バタンとドアが閉まり、車が駐車場出口に向かって走り出す。
鈴木は本能的にそれを追って全力で走り出した。

「くそっ 別働隊か?」
ドライバーシートの本田は唇を噛んだ。
すぐにエンジンをかけ後部座席を振り返る。
「川崎、鈴木と犬飼を押さえろ!」
と怒鳴る。川崎は直ちにドアから外に滑り出ると、犬飼を挟み撃ちにすべく鈴木とは別方向へ走る。
後部ドアが閉まったか閉まらないかのうちに本田の運転するクラウンはスキール音を残して黒い軽四追跡に走りだした。
駐車場を走り出たところで斎藤が
「左だ!」
と叫ぶ。
本田はその言葉通りにテールをスライドさせながら表通りに出た。
「あいつらは何者だ?」
斎藤が自問するかのように呟いた。本田が
「未確認です!」
と答える。斎藤は歯軋りをした。
相手は軽四なのになかなか追いつかない。夕方のラッシュで混む街中を軽四は、すばしっこく通り抜けていく。本田の運転も決して下手ではないが大型車で細い道を走るのは馬力があっても当然不利だ。
チョコマカ走る軽四を追いかけてコーナーを曲がろうとするが、曲がりきれずにテールを何かに当ててしまう。
土地勘があるらしい軽四は右へ左へ裏道を走りどんどん繁華街から離れていった。
道が徐々に上り坂になる。やがて、行く手は右側が谷になった山道になって道がすいてきた。本田はアクセルを踏みこんで、必死に間を詰めようとした。
「見てろよ 軽四と違うところを見せてやる。」
血気に逸っている。
斉藤も助手席から目をギラギラさせた。
徐々に軽四の背中が近づいてくる。
大きな右コーナーを回ったところで軽四はストップランプをつけた。峠の上なのだ。
「しめた、あとは下りだ。」
「追い越せ。前にまわって止めるんだ。」
斎藤は思わず怒鳴った。
『これで俺も室長だ』
と、心の中で叫ぶ。
本田はアクセルを踏んで右側に出た。その時、
「!?」
大形トレーラーが一台、道から浮かび上がってきて対向してきたのだ。
「ウガ~~」
潜水艦ホーンが鳴り響く。
本田は咄嗟にハンドルをさらに右に切って谷側に避けようとした。峠の上に神戸の夜景を眺望できる小さな駐車スペースが設けられていたのが幸いした。本田のクラウンは急ブレーキと共に間一髪でその隙間に逃げ込んだ。同時にトレーラーが車の左側に急停車し
「死にたいんか、どあほ!」
窓から身を乗り出した運転手が怒鳴った。斉藤が『早くその図体をどけろ』とばかりに運転手をにらみつけると、運転手はフンッと鼻を鳴らしてトレーラーをゆっくりスタートさせた。
トレーラーが通り抜け、ようやくクラウンが道路に滑り出たときには黒い軽四は影も形も見えなくなっていた。





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