Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー75

「アキラ、おまえと友達の要って子に頼み事があるんだが・・・」
唐突な頼み事にアキラは返答に困った顔をした。
「すまん、頭で考えてたことをそのまま言っちまったな」
しかしアキラは話を聞こうと自然と身を乗り出していた。

犬飼は頭の中の考えを言葉にするため整理しようと、咳払いをした。
「まず、ひろみは無事だそうだ。多分俺たちを狙ってるのとは違う組織が匿っているみたいだ」
犬飼は、自分の願いもこめて、『匿っている』という単語を使った。
「ひろみさんは無事なんですね!」
興奮気味のアキラを抑えて犬飼は言葉を続ける。
「ああ、ただ、居所がおそらく神戸のどこかとしかわからない」
それでも、無事でさえあれば天と地の差だ。アキラは胸をなでおろした。
「俺は東京へ戻って紳士クラブの事を調べようと思う」
「それで、お前には2つ頼みたい事がある。」
アキラは先を促してうんうんと頷いた。
「一つ目は、神戸でひろみを探してもらいたい」
「はい」
アキラが元気よく承知する。
「もう一つは、俺たちを追ってきたクラブのやつらの目をなるべく長く神戸に釘付けにしていて欲しい」
「犬飼さんが動きやすいようにですね?」
アキラが言うと、
「そのとおりだ、察しがいいな」
犬飼はニッと笑った。
「それでだ、・・・要と俺は遠目には似た体型をしていると思うんだが、どうだ?」
犬飼は一言一言確かめながら自分の考えを話し始めた。アキラが頷く。
確かに犬飼と要は背格好も雰囲気もよく似ている。
もちろん顔と髪形が違うがヘルメットでもかぶれば解らないだろう。
「俺がまだ神戸にいると思ってくれると、必ず向こうの守備が手薄になる」
その時
「コト・・・」
ドアの外で小さな音が聞こえ、犬飼の顔色が急に変った。
とたん物陰に隠れて、しきりにアキラに隠れろと合図を送ってくる。
見るとドアの下の隙間から人影が動いているのがわかる。
アキラが言われるように棚の後ろに身を隠すと同時にドアが開いて男が一人入ってきた。
「アキラ、いるかぁ?」
「あ~ぁ ちらかしてまぁ・・・」
男は呆れたように床に散らかった朝飯の残骸を片付け始めた。
「なんや、環や・・・犬飼さん、ダチの環です」
身構えた環がほっとした様子で、犬飼にそう言うと棚の後ろから出てきた。
「ごめんな、てっきり追っ手かと思ったんや」
「!・・・なんや おるやん!」
突然暗がりから現れたアキラたちに環は飛び上がった。
「おどかしいなや」
と、文句を言う。
アキラはごめん、ごめん、と頭をかきながら、後ろにいる犬飼を紹介した。
「環君 すまねえな。急に転がり込んできて、世話になっちまったな」
犬飼が礼を言った。
環は、そんなん、ええねん、と照れ笑いをする。
「さっき追っ手ゆうてたけど、ルポライターゆうんは、そない危ないんですか?」
映画好きの環はスパイ映画かギャング映画を思い浮かべてワクワクしているようだ。
犬飼は笑いながらマジマジと環を見た。
重いビールケース運びのお陰で腕は太くて逞しい体つきをしている。
バイクに乗ると速そうな感じだ。
「みんながみんな危ない橋を渡ってるってわけじゃないよ」
「とにかく助かった」
と、付け足す。
「昨日の晩は、急だったからこんな所しか思いつかへんかったけど・・・」
環はますます照れて赤くなる。
「東京だったらセーフハウスがあるのにね 犬飼さん」
アキラが訳知り顔で得意げに喋った。
「ええええ?カッコええなあ」
どうも住む世界の違いが環にはわからないようだ。
「さて、アキラ君、ごみは残さないように」
犬飼は自分の部屋の乱雑さを棚に上げてアキラに言う。そして、環の肩に手を置いて
「ありがとうな。世話になった」
それだけ言うとスタスタとドアの方へ歩いていく。
アキラはあわててごみを拾いまとめて袋に詰めた。
「俺、しばらく神戸におるねん。また後でな。」
靴を履きながらそう友に言う。
「ああっ」
環が言い終わらないうちに二人の影は朝の商店街へ消えていった。





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