刻の流れー79
- カテゴリ:自作小説
- 2023/06/01 23:47:40
一刻も無駄にしたくない。
要はすぐに、井上医院へ向かった。
院長に事情を説明して、口裏を合わせてもらうためである。
犬飼たちが横浜から神戸に逃れてきた経緯を承知している井上院長は何も言わずににやりと笑った。
案外この医者もハードボイルド好きなのかもしれない。年配のナースを一人呼んで、てきぱきと病室を一つ用意するように指示する。
案内された個室は、大きな楠が邪魔をして、外からの視線がうまい具合にさえぎられていた。
「それでは犬飼さん、これに着替えてください。」
パジャマを渡しながら、ナースが事務的に言う。
「あ、はい。」
一瞬自分の事を言われていると思わなかった要はどぎまぎと答えた。
「それでは犬飼さん、これに着替えてください。」
パジャマを渡しながら、ナースが事務的に言う。
「あ、はい。」
一瞬自分の事を言われていると思わなかった要はどぎまぎと答えた。
要が着替え終わると先ほどの看護婦が要の頭と顔にに包帯をぐるぐる巻き始めた。
「おタバコは病室ではお控えくださいね。」
ナースはそういい残して、出て行った。
「おタバコは病室ではお控えくださいね。」
ナースはそういい残して、出て行った。
仕上がりを見ようと、病室に付いている小さな洗面台の鏡に向かったところに
「ははは、おおげさやなあ。」
と、アキラが入ってきた。
「ははは、おおげさやなあ。」
と、アキラが入ってきた。
両手にいくつかビニール袋を提げている。
「受付の子が部屋番号を教えてくれたんや。」
といいながら、窓から外を覗いた。
「受付の子が部屋番号を教えてくれたんや。」
といいながら、窓から外を覗いた。
部屋は2階だが楠が邪魔で通りがよく見えない。
「いい部屋だろう?」
要が自慢した。
「うん、これやったら、外からは覗かれへんな。」
アキラは素直に同意した。
「すごいやん。」
「へへ、すごいのは、井上先生だけどな。」
と要が照れる。アキラは
「頼んでくれたんは要やん。やっぱりすごいよ。」
と言いながら持っていた袋の一つをベッドにおいた。
「環から差し入れや。あいつも6時ごろに、来れるゆうとった。」
「でも、俺は4時には店に戻らないと・・・」
要はすまなそうに言う。アキラは頷いて
「ほんなら、4時から6時は俺がここにおるからええ。」
「そのかわり、4時まではなるべく目立ってくれよ。」
と言った。
「ところで要、昨日ここでおおたんやけど興津さんてどんな人やねん?」
これは昨夜からアキラの気になっていたことだ。
「ん?」
「要の知り合いやろ?実は昨日の晩、助けてもろたんや。」
アキラは病院の駐車場から興津の気転で助け出された事を要に細かく話した。
「う~ん、単にレストランの先輩だよ。なんで?」
「先輩ねえ、やたらと場慣れしてると思てんけどなあ。」
要は思い出し笑いをいながら興津から聞いた話をした。
「昔は人妻の旦那と遣り合う事が多かったからハッタリと度胸は付いたって言ってたなあ。」
「うう・・・。もうちょいカッコええ例えはないん?」
アキラはあきれて口を挟んだ。
「いい部屋だろう?」
要が自慢した。
「うん、これやったら、外からは覗かれへんな。」
アキラは素直に同意した。
「すごいやん。」
「へへ、すごいのは、井上先生だけどな。」
と要が照れる。アキラは
「頼んでくれたんは要やん。やっぱりすごいよ。」
と言いながら持っていた袋の一つをベッドにおいた。
「環から差し入れや。あいつも6時ごろに、来れるゆうとった。」
「でも、俺は4時には店に戻らないと・・・」
要はすまなそうに言う。アキラは頷いて
「ほんなら、4時から6時は俺がここにおるからええ。」
「そのかわり、4時まではなるべく目立ってくれよ。」
と言った。
「ところで要、昨日ここでおおたんやけど興津さんてどんな人やねん?」
これは昨夜からアキラの気になっていたことだ。
「ん?」
「要の知り合いやろ?実は昨日の晩、助けてもろたんや。」
アキラは病院の駐車場から興津の気転で助け出された事を要に細かく話した。
「う~ん、単にレストランの先輩だよ。なんで?」
「先輩ねえ、やたらと場慣れしてると思てんけどなあ。」
要は思い出し笑いをいながら興津から聞いた話をした。
「昔は人妻の旦那と遣り合う事が多かったからハッタリと度胸は付いたって言ってたなあ。」
「うう・・・。もうちょいカッコええ例えはないん?」
アキラはあきれて口を挟んだ。
想像ではもう少し命を削るような事をしていたような気がしていたのだ。
病室を後にしたアキラは残った差し入れの袋を持ってロビーに向かった。
病室を後にしたアキラは残った差し入れの袋を持ってロビーに向かった。
さりげなく外から見えるように目立たなければならない。
「あら、アキラくん。どうしたの?」
声を掛けられて振り返ると、昨夜犬飼に病室から追い出されたときに待合室で迫ってきたナースだ。
「あ、皆さんでこれをどうぞ。」
アキラは咄嗟に持っていた袋を差し出した。
「あら ありがとう。」
ナースは嬉しそうに受け取り中を見る。
「でもこれ、2本しか無いわよ?」
と、ニコニコ笑いながら言った。
「あら、アキラくん。どうしたの?」
声を掛けられて振り返ると、昨夜犬飼に病室から追い出されたときに待合室で迫ってきたナースだ。
「あ、皆さんでこれをどうぞ。」
アキラは咄嗟に持っていた袋を差し出した。
「あら ありがとう。」
ナースは嬉しそうに受け取り中を見る。
「でもこれ、2本しか無いわよ?」
と、ニコニコ笑いながら言った。
アキラが慌てて袋の中を覗くと、言うとおり缶ジュースが2本だけ入っていた。アキラは
「環の野郎ケチりやがって・・・」
と舌打ちをしたが後の祭りだ。
「環の野郎ケチりやがって・・・」
と舌打ちをしたが後の祭りだ。
しかし、ナースは全くそれを気にしている様子もなく、
「時間ある?」
と、アキラの顔を覗き込む。
「今からお昼休みなの。」
アキラは
「え?」
と赤くなった。
「時間ある?」
と、アキラの顔を覗き込む。
「今からお昼休みなの。」
アキラは
「え?」
と赤くなった。
どうも男女関係には晩熟なアキラである。
しかし、目立つにはカップルの方が好都合かもしれないと思い直し、
「す、少しくらいならいいですよ。えっと・・・華里奈さん。」
アキラは名札を読んで照れながら笑いかけた。
「す、少しくらいならいいですよ。えっと・・・華里奈さん。」
アキラは名札を読んで照れながら笑いかけた。
ナースは嬉しそうな顔をして
「じゃあ、外で待っててね。急いで着替えてくるから。」
小走りに掛けていくナースの後姿を見送りながら、アキラは自分が遊んでいるようで少なからず後ろめたさを感じていた。
「目立つための芝居なんだ。」
と言い聞かせる。
「じゃあ、外で待っててね。急いで着替えてくるから。」
小走りに掛けていくナースの後姿を見送りながら、アキラは自分が遊んでいるようで少なからず後ろめたさを感じていた。
「目立つための芝居なんだ。」
と言い聞かせる。
それでも、ナースステーションに消えた彼女の帰りを心待ちにしている自分を持て余していた。
鬘が届く前に包帯を巻かれてしまったので、要は仕方なく自分でもう一度変装をやり直さなければならなかった。
鬘が届く前に包帯を巻かれてしまったので、要は仕方なく自分でもう一度変装をやり直さなければならなかった。
鏡で仕上がりを確認する。鼻の上に包帯の一部を渡したので人相が解りにくい。
「こんなもんかな。」
とつぶやくと、胸のポケットにタバコとサングラスをいれ、1階のロビーに下りていった。
「こんなもんかな。」
とつぶやくと、胸のポケットにタバコとサングラスをいれ、1階のロビーに下りていった。
サングラスをかけると正面ドアを通って、むっとする昼下がりの駐車場へ出る。
「ちゃんと見つけてくれよ・・・」
要は通りの方をそれと無しにちらちら見ながら暗い木陰を選んでタバコに火をつけた。
「ちゃんと見つけてくれよ・・・」
要は通りの方をそれと無しにちらちら見ながら暗い木陰を選んでタバコに火をつけた。
うまそうに何本か吸っていると、後ろから
「犬飼さん、うろうろしていいんですか?」
と、大声がした。
「犬飼さん、うろうろしていいんですか?」
と、大声がした。
振り返るとアキラだ。なぜかニヤニヤしている。要は
「ああ・・・」
と応えて、吸いかけのタバコを踏み潰す。
「ああ・・・」
と応えて、吸いかけのタバコを踏み潰す。
それを地面から拾いあげながら
『あいつら見てるかなあ?』
と小声でアキラに聞いた。
『ああ、多分な。おまえ、なかなかうまいやん。犬飼さんにむちゃ感じが似とうで。』
アキラが答える。
『よし、今度は裏の方で一服してくる。』
要はそう言うとアキラに手を振って正面ドアから病院内へ戻っていった。
『あいつら見てるかなあ?』
と小声でアキラに聞いた。
『ああ、多分な。おまえ、なかなかうまいやん。犬飼さんにむちゃ感じが似とうで。』
アキラが答える。
『よし、今度は裏の方で一服してくる。』
要はそう言うとアキラに手を振って正面ドアから病院内へ戻っていった。