Nicotto Town


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月と赤い糸 第八章

第八章

季節は廻り、梅雨時期になっていた頃、彼が日本にいるらしいという事を知った。
そうか、日本に来てきっと結婚して幸せになっているんだろうな、そんな考えが頭の中にあった頃、
なんとも久しぶりに彼からのメッセージが来ている事に気付いた。
彼は私の考えていた通り、彼の望んでいた日本人と結婚している様だった。
「幸せになれたんだね、良かったね」そう私がメッセージをすると、彼は「NO」と直ぐに答えていた。
私は「どうして?」彼への疑問が止まらず、そう聞き返していた。
簡潔に話せば、浮気をされているとの事だった。
若いが故の結婚だったんだな、と私は一瞬思ったが今の時代では不倫だの浮気だの
沢山のメディアから毎日の様に流れてくる情報になっていた。
「悲しい事ね、大丈夫?」私は何とも思えない心で聞いていた。
彼は、過去の話をした。
「あなたが恋しい」そう言い、私は戸惑った。
正直、取り返しがつかない程もう遅い言葉だった。
私は何も伝えられる事が出来ず、彼との過去を思い返していた。
久しぶりに彼からの連絡が入るには5年という月日が流れていた。
きっと、誰かに縋りたかったのだろう。
彼が昔言っていた「優しかった私」に。
私は、彼からの言葉に心が微動だにしなかったのだ。
なんとも思っていなかった。
今更「恋しい」と言われても、それはそれで辛い。
私は、きっと辛いであろう彼に掛けてあげられる言葉を考えていた。
煙草に火を点け、考えに考え尽くした頃、私は「辛い時は話を聞くよ」そう送っていた。
そんな在り来たりな言葉しか思い付かなかったのである。
彼は昔、「日本人である私と恋人ごっこ」をしていた頃、私との10年後も考えてくれていた。
そんな事を思い出して、私はなんだか笑う事しか出来なかった。
彼が私の手を取らなかったのに、今更。
悲しい現実だろう、苦しい現状だろう、そんな事を思って
私は彼に「同情」している事に気付いた。
きっと彼は同情が欲しい訳では無い筈なのに、私は私の生きてきた感覚で「同情」してしまっていたのだ。
なんて悲しい運命なのだろう、そう思うほか私には術が無かった。
彼には幸せであって欲しかったと、あれ程願ったのに。
彼は沢山の現状を伝えてくれた。
深夜の1時、私達は数年ぶりに会話を交わしていた。
私は、1度切れてしまった縁を結ぶ事はしないと決めていた為に、
頑なに、彼の「愛情」を受け入れる事が出来ずにいた。
ぽつぽつと降っていた雨は土砂降りへと変わっていた。
私に会いたいと、伝えてくれた頃、恐怖が私を襲った。
「また、利用される」そんな恐怖心に苛まれ、私は会話を交わす事が出来ずにいた。
「会いたい」そうメッセージを貰ってから、1週間が過ぎようとしていた。
5年という月日はとても非情で、私はずっと返事を返せずにいた。
彼はまだ若い、これからもっと沢山の出逢いもあるだろう。
私の元へと帰って来るには時間が必要だと思ったのである。
話を逸らすかの様に、「日本は楽しい?」そんな質問をしていた。
日本での生活は、楽しかった様で、色々と話してくれた。
仕事も楽しくしている様子だったり、沢山の友人も出来た様だったが、
どうも「本音を言える相手」がいない様子だった。
私もそれは同様で、5年経った今でも誰も信用する事が出来ずにいた。
彼も私も「人が信じられなくなって」人生をお互いに歩いている様に感じた瞬間だった。
私は雨の中ほんの少しだけベランダを開け、煙草を吸っていた。
年を取った私の「愛情」探しは結局彼だったのだろうか、そんな考えが廻る。
私は、彼と会ってみようと思い、メッセージを送ることにしたのだ。
彼と会って話している間に泣いてしまわないか、と心配になり「私の家に来てみる?」と。
しっかりと、奥さんは大丈夫なのかを確認した上で、である。
彼の返事は「YES…」とだけだったが、会って話をしてみようと思えたのは雨の音のお陰でもあったのだろう。
来月に、私の家に来て貰う事になり、梅雨も本番に差し掛かろうとしていた。




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