Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー91

果たして、アキラ達の必死の芝居の一部始終を向かいのビルの3階から川崎が双眼鏡でみていた。
「女が戻ってきたようだ・・・」
その言葉で、鈴木が窓際に飛びついたときには、アキラたちは全員ドアの内側に消えていた。
「女が帰ってきただと?間違いないのか?」
鈴木が同僚に食いかかる。
「犬飼と抱き合っていた。間違いないだろう。」
と、双眼鏡を下に置いた。本田を振り返って、
「女の部屋はここからは見えません。病院内に潜入しましょう。
と進言する。
「よし、川崎は、女が病室にいることを確認、鈴木はバイクを回して待機しろ。」
本田が命令する。
「はっ。」
鈴木と川崎は直立しそれに応える。それぞれジャケットを手にきびきびとドアから出て行った。
本田は電話を取った。
横浜の豊田隊長に連絡を入れるためである。
一昨晩どう見てもさらわれていった女が、何もなかったように病院に帰ってきた事に引っかかるが、今回のミッションを成功させなければ自分たちの、ひいては部隊の面目が立たない。
いや、面目だけではないのだ。
失敗した斎藤の二の舞になる事は十分ありうる。その焦りが本田の疑問に終止符を打った。
「ルポラーター、その女、それと、同行している男を発見しました。」
受話器に向かって淡々と報告する。
「間違いないか?」
電話に出たのは、豊田隊長だった。
よほど、この知らせを待っていたと見えて、声が明るい。
「丁度いい。田中支配人が今神戸に行かれている。」
「支配人が・・・なぜ・・・」
田中が横浜を、いや、関東を離れる事はほとんどといっていいほどない事だった。
「勝見代議士の事で石橋殿に会われるそうだ。それと・・・」
「ルポライターの件ですか?」
本田は唾を飲み込んだ。
「引き続き、動向を監視します。以上。」
本田は電話を置き、窓際の双眼鏡に手を伸ばした。

アキラ、要、環、桜の4人はひとまず1階の桜の病室に集合していた。
桜がドッジのグローブボックスから持ってきたハンドトーキーの一つをアキラに渡した。
「これは?」
アキラがいぶかしげに桜を見た。
「それ、持ってけよ。連絡できる。」
代わりに要が答えた。
ハンドトーキーを受け取ったアキラが試しに無線機のスウィッチを入れてチャンネルを回してみる。192・・・まで回したとき消防無線が入ってきた。
『ガッ 出動要・・・ 長田町・・・丁目 火災・・・ガッ』
「なんや 石、入っとうやん。 ってことは警察無線も聞けるな?」
と興奮気味に言う。
「ああ、ワイドバンドレシーバーなんだ。」
要が説明した。
実はこれはラ・パルフェが裏の仕事をする時に使うために原田が作った道具をこっそり借りてきた代物で、性能は抜群なのだ。
「あれ、イヤホンジャックがついとうやん・・・」
アキラが、ハンドトーキーをいじくりまわしながらつぶやいた。
「俺と、おまえはバイクだからな。ほれ。」
要がイヤホンマイクを投げてよこした。
「サンキュー。」
アキラはイヤホンを受け取り、環に
「で、ドッジはどうやった?」
と聞く。
「ゆうことなしや。」
環が答える。環はドッジを転がして戻ってきた感想をアキラに話した。
2速で引っ張ると80キロくらいまで引っ張れる。加速はびっくりするほど素早いし、小回りも利き馬力も申し分ない。
この友の メカを見る目を信用しているアキラは満足気に頷いた。
準備万端だ。
アキラはいい知れぬ高揚感を味わっていた。
例えるなら、それはレース前の高揚感に似ているかもしれなかった。





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