Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー92

その頃、原田は同じ医院で興津を見舞っていた。
「よっ 見舞いに来てやったぞ!」
ノックもせずに原田はいきなり部屋に入ってきた。
「おや?」
原田が意外そうに部屋を見渡す。
「今日はまだ営業活動をしていないのか?」
現場を押さえてからかってやろうという魂胆だったのに興津しかいない。
「俺はカサノバじゃないからな。」
興津がしゃあしゃあという。
「カサノバが裸足で逃げ出すって言ってたのは誰だ?」
「俺の手がお前のバイクよりは速いと言っただけだ」
相変わらずの減らず口だ。それだけ回復しているという事だろう。

原田は、興津の代わりを要が務めている事、ちょっとした事件があって改装の為、店が休業になった事などを報告する。
それを聞いているのか、聞いていないのか、興津は興味なさそうに、目を窓の外に遊ばせていた。
「一つ情報交換といこうか?」
一通り、現状報告を終えた原田が言った。
興津は駐車場でおしゃべりをしている看護婦たちを眺めていた視線を同僚にもどし、その顔を覗き込んだ。
「ふん、知恵熱がでるぞ。」
原田はそれには取り合わず、
「倶楽部から斎藤が来てるのは知ってるな?」
興津は斎藤が来た次の日の朝、盲腸で入院している。
「あの、いけ好かない斎藤か?ラ・パルフェを探りに来たとか聞いたな。」
「ああ、始めはな。」
原田が椅子を引っ張ってきてどかっと腰を下ろした。

「横浜の田中支配人勅令で、どうもやつの目的が人探しに変わったらしい。」
興津は笑いながら
「ふん、斎藤に何ができる。あいつに命令するとは、田中も焼きが回ったな。」
鼻を鳴らしてそう答えた。
「まあな・・・・
それで、部隊から手下を3人送り込んできた。」
「ヒュウ・・・よっぽどその人探しにご執心とみえる。」
興津が口笛を吹いた。
倶楽部の部隊が先鋭ぞろいなのは良く知っている。
その昔、興津自身もその一員だったのだ。
原田は興津に頷き続けた。
「そのとおりだ。そして、そのいけ好かない斎藤が、この病院に目をつけた。」
「お前・・・」
と、前かがみになる。
「・・・一昨日の夜、ここでアキラという若造とその連れを助けたな?」
声のトーンを落とす。
「はて、何のことだ?」
切り返す興津に原田は持ってきた洗濯物の袋をベッドの上にドサッと落とした。
「いててっ」
患者が顔をしかめた。
「わかった、わかった。自白すればいいんだろ?」
興津はベッドの上で上半身を起こし、
「これはまじめな話だ。いいな?」
と念を押し、話し始めた。

「俺がここに来る前から、隣の部屋にひろみという女が入院していた。」
興津は、目の前の壁を顎でしゃくった。
「女の部屋には、男が2人頻繁に出入りしてた。そのうちの一人、犬飼という男とその女はいい仲のようだったな」
薄い壁で嫌でもよく聞こえるといい訳をする。
「聞くところによると、3人は十日ほど前に東京から来たそうだ。・・・そして、女の右肩には銃創があったらしい。」
「ほう・・・、銃創とは穏やかじゃないな・・・」
原田が口を挟んだ。
「一昨日、要が俺の病室の前で、隣のやつらに会った。その一人が要のダチ、石川アキラだった。」
「ああ・・・」
原田は一昨夜 斎藤をつけて病院内に入ったときにアキラを見かけたことを思い出した。
「その日の夕方、女宛に届いた花籠の事でなにやら揉めていると思ったら、3人そろって窓から抜け出そうとした。」
「おいおい、壁の向こうの様子をそこまでよく探れるな。」
原田がニヤニヤしながらちゃちゃを入れた。
「人一倍、耳と勘がいいもんでね。」
興津はさらりと流して、話を続ける。
「窓から外の様子を見ていたら、急にアキラだけが病室に駆け戻ってきた。その間に女は駐車場で何者かに拉致され、犬飼は頭を殴られ失神した。」
「女をさらった車は駐車場から逃げていき、見覚えのある黒いクラウンがタイヤをきしませながらそれを追いかけていったよ。」
と、原田の顔を覗くように見る。
「俺が窓から続けて覗いていると、怪しい人影が2つ、ただならぬ気配でアキラと地面で伸びてる犬飼の方に近寄っていくのが見えた。」
「ははは、それで、正義の味方よろしく助けちまったのか。」
原田が笑った。
興津は視線を外に向けて
「まあ、ほうっておいてどうなるか観察するのも一興だったんだがな。要のダチじゃあ、そうもいかん」
興津は苦虫を噛み潰したような顔を作ったが、原田にはそれがこの男の本心でない事が解っていた。





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