乳幼少期の話である。
- カテゴリ:人生
- 2023/07/12 03:53:41
コロナは、よくなりました。
という報告。
うぬ。
味覚障害も、治ってきたよ。
っていうことと、
ちょっと書いてみることと。
ふー。
こどもの頃、幼少期。
同い年の従妹がいた。
同い年の近所の子がいた。
姉には、その存在がいなかった。
それで、それを見て母親が危惧したことは、
「そう、周りに同い年の子が自然にいた所為で、交流を求めにゆかない子」
っていう、私への、「(ほらみたことか)、」の感想を、
大きくなってから、言われたのだった。
分かる?
姉と較べて、私には同い年の子が周りにいたから、
求めていく気のない子に育った。
みたいな。
うぬ。
そうかもしれん。
そうかもしれんけど。
何より。
私が思う思うのは、
「おまえ、そう言うけど、乳幼児の頃の私に何をした?」である。
何もしなかったに等しい。
と思われる、周りの発言。
うぬ。
母親自身、「とある思想のある会の教育方針で、放して育てるのがいいとされた」
みたいなことを、教えられたとのことで、
そのようにして育ててくれたようだ。
又借りのような、思想を、
母親自身、「今、思えば、思ったとおりに育てればよかった」
というような後悔を、くちにしている。
うまく育ててはくれなかったようだ。
っていう。
また、姉によると、
赤ちゃんの私が泣くと、たまごボーロを私のくちに入れて、
その、お菓子の甘さで、泣きやませていた、らしい。
っていう。
あやしてくれてなかったんだ!?
っていう。
ね。
そういうエピソードしか聞かなった。
だから、それ、本当のことだと思う。
今の、母親と父親の爆発的な夫婦喧嘩をする様を見ても、
ぜんぜん、心あるコミュニケーションの図れる家庭ではなかった。
っていう、
乳幼少期。
それが、今の私の素なんだぜ。
っていう。
今、考えても、どうにもならないこと。
書いてみたかった、から書いた。
ふぬ。
母や、姉の、言ったこと、
が総てではないとしても。
それら、や行動が素になっているとは思う。
はーあ。
どーしよーもない。
なくていい。
コミュニケーション。
もとい、
乳幼少期に、交友関係を築けるようには育ってこなかったのは事実。
それで、だな、
これから、だよ。
って。
ぼちぼちだな。
そんなこんなだからなー。
って。
原点回帰。
からの何らかの、発展を望んでいるのだ。




























いろいろあります。
こっちとしては、こう。
でも、母親としては、言われたらつらいだろう。
それは分かる。
でも思ってしまうし、何かのときには出てしまう。
どうしたらいいんでしょうね。
こちらが、忘れるくらい成長していければ、それが最もいいのだろう。
最善策は、成長。
っていう。
忘れるというか、気持ちを溢さないで済むようになれたらいいのに。
なかなかねぇ。
ままならない自分です。
ありがとうございます!!
今のようにいろんな情報が簡単に入手できる時代じゃなかったでしょうから、もっともらしい「子育て論」に翻弄された母親は多いと思いますよ。
私は「お母さんがそんなんだから僕が自分で何も決めることができない大人に育った」って言われたのが今も胸に深く刺さったままです^^;;
何やかやありますよ・・。
っていう。
あれは、でも、育てたというか。
違う。
餌をくれるタイプの育て方で、そうなんだよなぁ。
コミュニケーションタイプの親ではなかったという。
そういう色合いの家庭だから。
人それぞれ、いろいろ不具合は起きているのだろうなと思う。
家庭の色。
ぜんぜん、過去になんて戻っても意味のないこと。
望まない。
私は、何て云った?
そうそう、発展を望んでおりまする。
ありがとうございます。
お母さんが育ててくれたのは事実
それに過去には戻れない
今をどうするか
全ては自分にしかできない事