Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー100

「おう。昼間の顧客名簿は全員調べたぞ。」
「お、その顔つきは、そっちの裏は取れたみたいですね。」
「まあな。名前が解ってりゃ、そいつが客かどうか確認するぐらい造作もないからな。」
かなり苦労したと思われるのに、そんなことはおくびにも出さず、簡単に言う
「で、建物の方はどうだった?」
「間取りはどうやら平面図とぴったり合致する。ここまではOKですね。」
「後は焼付け待ちか?」
犬飼は現像室を振り返り
「警報装置を詳しく見てみたいんでね・・・もうボチボチでしょう。」
『ガチャッ』
タイミングよく編集者が伸ばした印画紙を持って現れた。
「ほらねっ」
「いつもこう行けばな・・・」
編集長のため息が聞こえる。
ドサッと机に置かれた印画紙はまだ乾きくさしだが、それは致し方ない。
犬飼は慎重に写真の山を一枚ずつ捲っていった。
編集長は平面図を応接机に広げている。
「警備装置はこことここ・・・それにここ・・・・警報装置もクリアーだな。」
これで図面も、客の名簿も本物と証明されたと言う事だ。
もちろん、それで、安全が確保されたわけではないが、大いに役立つのは確かだ。
「これなら潜入できそうだ・・・。」
資料を謎の男から封筒を渡されてから、疑心暗鬼だった犬飼も、漸く手元の資料の価値を確信し始めていた。
「しかし・・・これだけの情報をよこしてきたやつだ。本当に心当たりがないのか?」
編集長が目を上げて聞いた。
「倶楽部に恨みのある人間か、あるいは、倶楽部の内部分裂か・・・」
犬飼は見当もつかないと言うように肩をすくめた。
「ふん・・・」
編集長は鼻を鳴らしてから、一枚の紙を投げてよこした。
それは資料に入っていたクラブ責任者の写真があるページだ。編集長の太い指が写真の一つを指している。
「この男に見覚えはないか?」
犬飼は目を細めて小さな写真をしばらく見つめたが首を振った。
彼にとって、倶楽部自体が未知の存在なのだ。
知っている人間が中にいるとは思えない。
「こいつは誰です?」
「斎藤 豊、倶楽部にある情報部という部門のナンバーツーだ。」
編集長が説明する。
「ふうん・・・」
犬飼はもう一度記憶の中にこの男の顔を探しはじめた。
「情報部は最近部長が事故死したらしく、実質今は、この斎藤がトップだと言うことだ・・・」
「さいとう・・・さ・・い・・・とう・・・」
名前をぶつぶつと唱えていた犬飼の目が光った。
「まさか、『3110』か?」
「そうだな、考えられる。こんな詳しい情報が手に入るんだ。幹部に違いない。情報部のトップならはまり役だ」
編集長が頷く。
「うう・・・・そういわれれば、どこかでこの顔・・・どこだったか・・・」
犬飼はどうもまだ記憶の糸が紡げない様な顔をして視線を宙にあそばせた。
「どうもさび付いたボルトが一つありましてね・・・」
「ははっ CRCを吹いとけ そのうち緩む。」

いつまでも眉間にしわを寄せている犬飼の肩を叩きながら
「とにかく、この『斎藤 豊』については、こっちでもう少し掘り下げて調べておこう。」
と、編集長が言った。
「それより、こっちの方が当座の重要事項だ。」
先ほどコマの中に見つけた大物代議士の方が気になる編集長は写真を手早く捲っていき、やがて目的の写真でその手が止まった。
「これだな う~ん。」
キャビネサイズでもルーペを使う。編集長は、何枚かの写真を、順繰りに見ながらぶつぶつうなっていたが、その顔が徐々に険しくなっていくのだ。
「旦那、俺にもわかるように説明してくれたら有難いんですがねぇ?」
政治家に付いて編集長ほど詳しくない犬飼が期待に目を輝かせながら覗き込むと、編集長は写真に目を落としたまま喋り始めた。
「どうも最近防衛族の活動が活発なんだ。」
「はっ そのネタが古いのは、俺でもわかりますよ。」
犬飼が肩透かしを食らったように笑った。
「まぁ そう結論を急ぐな。物事には順序ってものがある・・・」
編集長は自分の言葉を確かめながら喋る。
「与党の党員がだれしも防衛族って訳じゃないが、野党の党員にしても、全てがそれに反対というわけじゃない・・・」
「超党派って考え方ですな?」
「政治は数だ。民主主義のいいところでもあり悪いところでもある」
「確かに3人居れば無理やり多数決が決まってしまう。フェアとはいえませんな」
「マスコミもマスコミで、一般市民を引き込んで商売が成り立つようなセンセーショナルな記事を欲しがる」
「そういってしまうと見も蓋も無くなりますぜ、旦那」
編集長は一口お茶を飲んで言葉を繋ぐ
「ははは、俺もお前もそれで飯を食ってるんだからな」
犬飼はニッと口をゆがめた。
「顧客リストを調べていくと、客の中に相当数の防衛族が含まれているのが解ったよ」
「溜まり場ってわけですか?」
「下っ端はともかく、大物は全員揃っている」
「うう・・・」
いつもながら、政治家に関しての編集長の知識には脱帽する。
「ところで、お前、京都の勝見議員を知っているか?」
編集長がチラッと犬飼を見た
「名前と顔ぐらいは・・・」
「勝見はお前も知ってのとおり、防衛族を束ねる要の一人だ。」
犬飼は、しばらくじっと考えていたが、はっと気が付いて、顔を上げた。
「うーん、しかし、今夜は勝見議員を見かけませんでしたよ。でも、名簿には載ってるんでしょうね?」
「それだ。」
編集長が湯飲みを机に置いた。
「溜まり場であれば、当然名簿に載っていてしかるべきの彼の名が影も形もないんだ。」





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