何も学んでこなかったんだぜ。
- カテゴリ:人生
- 2023/07/23 18:10:59
よいしょ。
またしても過去の話である。
こどもの頃の部活で、何が育ったのか。
っていう。
何にも育ってなどいない。
何も、とくに学校(おとな)が学ばせたいものなど何も学んでこなかった。
っていう。
まーね。
まず、バレーボール部。
チームワークなど、てんで。
そんなとこに私は辿り着きもしなかった。
ただ身体を動かすのが好きだった、当時。
ただ、ボールの際がヘタで、いろいろとヘタだった。
スパイクだって、碌に身体がついていかず、
まともに打てもしなかった。
球際が、ほとほとヘタで、
視力がわるかったのも、今となっては、原因だと思われる。
碌に、レシーブもできなかった。
何も。
チームや、作戦や、バレーボールの、スポーツの、醍醐味など、
ぜんぜん、辿り着けていなかった。
次、
吹奏楽部。
これも、チーム。
仲間のなかの一人、っていう。
音の、合わせる、仲間の一人、っていう位置すら、
知らん。
ハーモニー。
みんなで、ハーモニー。
っていう、
知らん。
トランペットを、まず従妹がやっていて、それに引かれて、
その楽器に、なんとなく拘って、
出もしない音で、3年間ずっと、いた。
ハーモニーの、ハの字もなかった。
だって音が出ないんだもの。
厄介な生徒だったと思う。
ほんま。
知らんわ。
碌に、部活の仲間とも、また、クラスメイトとも、意思疎通を交わせもせず。
友だちも、碌にいなかった。
友だちという感覚を分からなかったし、
人と、何か言葉を交わしていくことの意味も、
今でも分からないままだ。
何も。
何も、こどもの頃に学んでこなかった、成れの果て。
を、つくづく感じるのだが。
どーしよーもない。
得てこなかったものは。
得てもなかったものとして。
どーしよーもないほど、
どーしよーもない。
何も、ないわ。
ただ、それで生きるだけ。




























素敵なコメントだなぁ、って、
いつも発見があったり、ありがたく読んでいます。
コメントいただけるのは、それだけでうれしいです。
私の拙い言葉に、文に、
また、お返事も、思ったようには書けず、拙いなぁと自分で思ったりしています。
書くことは私のなかで、話すことより優位に立つ、そんな具合なのですが、
それでも、ぜんぜん、
人と面して、言葉を書くというのは、話すことと同じくらいに、
どーしても拙い。
そこからの成長をしていかんと、これから取り残されるぞ、
と自分で思っているものですから。
こう、書いて話す機会を与えてくださって、感謝しています。
ありがとうございます!!!
それよりもおっしゃってるように「今を生きる子供たちの生きにくさを知る手がかり」としてとても参考にしております。
私なんぞが知ったようなコメントをしてもいいのかな?ってドキドキはしておりますが・・でもぽふさんの心に少しでも寄り添えたらなぁ・・っておばさんの本音。
暗い。
思春期でした。
っと。
部活が愉しかったかどうか。
それは、もう。
とんと忘れてる。
記憶だけが残っていて、ぜんぜんよくなかったなぁ。
っていう。
他の人と、思っていることを疎通させていくこともなかったから。
よくわからないまま、おとなの年になってしまってた。
たのしかったかどうか。
そう云われれば、たのしんでいたかもしれない。
たのしんでいなかったのかもしれない。
わからない。
記憶だけが残っている。
見苦しかったりしたら、すみません。
吐露ですから。
吐き出すことに意味がある。
っと。
ほんと、なんもなかったよー。って。
ほんま、積み重ねのない子ども時代は。
やるせない。
それをどう活かすか?
っと無理矢理に考えても、それは私の体験でしかない。
ただ、今を生きる子どもたちの、生きにくさを知る手掛かりにはなるかなー、とは思う。
っていう。
そんな感じですかねぇ。
そして戻れない
どうしようもないといっても始まらない
何も得たものは無かったといっても
そのことを学んでいる
今を&これからをどう生きるかが大切
本当に何もないのか
何も無くても生きてはいける
開き直ろう
ちょっと無責任かな?
身体を動かすことが大好きってのがそもそもの原動力で、体を動かせる場所があった。夢中になれるものがあったかどうか・・それが一番かも?
トランペットって、狙って取れるポジションでもないでしょう?
どれだけこだわっても他の楽器しか回ってこない子もいて、
そんな熾烈な争いの中3年間そのポジションをキープできたってことが「すごい」って私は単純に思ったのだけど・・・・
本人的にはもっと出したい音があったり?高みを目指す葛藤はあったのだろうけれど、3年間逃げ出さずに全うできたのは十分「何かを得てる」としか思えないのだけど・・。