Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー104

桜と要が替え玉として井上医院に泊まりこんでから今日で5日が過ぎようとしていた。
一階だったひろみの病室は院長に頼んで、2階の犬飼の病室の隣に移動してもらっていた。
窓から襲われるのを防ぐ為だ。
犬飼からは病院に朝夕の2回伝言が送られてくる。内容はいつも同じだ。
「東京に連絡を入れろ。」
病院の受付を通しての伝言だから、それ以上は伝えられないのだろう。
もちろんアキラはおっしょはんのところに毎晩電話を入れていた。
自分たちが無事である事を知らせておかなければ、犬飼は全てを投げ出して神戸に戻って来かねない。アキラの無事な声を聞くとおっしょはんはまず胸をなでおろし、犬飼から頼まれている伝言を読み上げる。
「危険だから、すぐに病院から逃げなさいって。」
かわいそうにおっしょはんは同じ伝言を繰り返し繰り返し、アキラに伝える羽目になった。
それでも4日もたつと、犬飼も根負けしてきたらしい。
「もうすぐ戻るから、もう少し俺の振りをしてくれ。無茶はするな、なるべく病室から出るな。」
これがアキラが今夜受け取った伝言だった。
アキラ達が敵の目をこっちにひきつけているのが役に立って、横浜で捜査の目処が付いたのかもしれない。アキラはそれが嬉しかった。

犬飼の希望通り、このまま病院で囮を続けたい所だが、事情が変わってきて、そうもいかなくなっていた。初めのうちは、中庭や駐車場に出て、存在をアピールした要たちだが、日が経つに連れ、外に出にくくなってきた。
要も桜も、遠目には犬飼とひろみに似ているが、近くで見ればすぐに他人とわかってしまう。
ひろみは頭や顔のけがはないし、犬飼のほうも何時までもぐるぐる巻きの包帯でごまかすわけにも行かない。
敵は向かいのビルにいるとわかって気をつけてみていると、時々2階の窓にちらちら人影が見える事があった。
それに、ここ2日ばかりはロビーや駐車場で不審な男の影が見受けられるのだ。
犬飼たちが外に出てこなくなったので、痺れを切らして、見舞い客にまぎれて2階の病室を探ろうとしているに違いない。
それらに加えて病院の方も無理が出てきていた。
井上医師と数名のナースの協力で、それまで犬飼とひろみが替え玉である事は内部の人間にも隠されていたが、そろそろそれも限界のようなのだ。

その夜、アキラ、要、桜、環の4人は、ひろみの病室で最後の打ち合わせをしていた。
環と要は神戸市の地図を広げてまだルートの話をしている。
神戸を離れた5年間のギャップのあるアキラと違って、環と要は神戸の道なら、ネコの通り道も知っていると言って過言ではないほど熟知していた。
二手に分かれたチームがどう走り回るかを細かく確認しあっているのだ。
5日間の話し合いの末、4人は、アキラと要のチーム、環と桜のチームに分かれて行動する事に落ち着いていた。

「要と俺が先に病院を出ます。」
要達が意見をぶつけ合う邪魔にならないように離れて座っている桜にアキラが話しかけた。
「犬飼さん役の要が駐車場を出ればあいつらは必ず追っかけて来る」
第一陣の要とアキラがバイクで北向き、六甲山に向かったあと、第二陣の桜と環がドッジで出る、と、アキラが説明した。
「あいつらは、黒いクラウンが一台、バイクが2台やそうです。」
相手の車の車種は、犬飼から知らせられていた。
「多分、やつらはバイクで追っかけてくるやろから、桜さんと環は、クラウンが動くまで待機してください。俺たちは市街地をしばらく流すから、その間にクラウンが動いたら、ドッジはそれを追ってください。」
「クラウンが、いつまでも動かなかったら?」
桜が聞く。
「もし5分待っても動かへんかったら、俺らとは逆方向、中突堤へ向かって走る。ほんなら、クラウンはきっとドッジを追っかけてきよう思います」
「そうね。」
桜は同意した。
「その時は、クラウンをうまく大阪方面へ引き離してくれると助かる。それと・・・」
アキラがちらっと桜の顔色をうかがった。
「・・・運転はやっぱり、環に任せてください。」
技術の事には触れず、あいつは土地勘があるから、と言い訳をする。
要のお墨付きではあるが、やはり17やそこらの女の子では、その腕が信じられないのも無理はない。
「わかったわ。」
桜は微笑みながら素直にそう答えた。

「アキラ、桜、ちょっと来てくれ。」
要が二人に声をかけた。
「むこうは3台だから最高で3手に分かれる可能性があるわけだな。」
こっちも3台だが、ペアを組む必要から2手になる。
「相手の人数を減らすことができればいいんだが、って、話し合ってたんだ。」
「そら相手がどう動くかやなあ。」
アキラは要の考えを読んで答えた。
「そこで、俺に考えがあるんだ。」
そういうと、広げた地図の上を要の指がなぞった。3人の目がそれを追う。
「ここんとこ・・・、覚えているか?」
それは三宮からかなり北に入った六甲山の峠の道だ。
アキラと環はしばらく要の指先を見つめてたが、はっと顔を上げた。
「・・・ああ、おぼえとうで。」
アキラが複雑な表情を作る。
この峠の道をアキラが忘れるはずはない。
急勾配に加え、極端なヘアピンカーブの連続で、見通しが利かない。
片側は崖の壁、もう片側は谷、上下2車線で、道が狭く、追い越しに無理がある。ここでアキラと要は勝負し、不幸な事故で要は大怪我をしたのだ。
要は友の顔を真直ぐ見て続けた。
「俺とお前は回り道をして有馬方面からここを目指す。」
「うん。」
今度は環のほうを向いて、
「アキラも、俺もバイク対バイクだったら絶対負けない。環たちは、向こうの出方次第だが、クラウンが邪魔に入らないようにしっかりひきつけてほしい。」
「わかった。」
環が頷く。
「よし、ほんなら、そろそろ行こか?」
アキラが立ち上がる。
「3人共、がんばってくれよ」
「それから拳銃に気をつけろ! あいつら、持っとうねんで」
アキラが念を押した。
「ああ・・・ひろみさんが撃たれたんやったな・・・」
拳銃のことは初めて気がついたように環が肩をすくめた。





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