Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー105

4人は病室を出て今日夜勤の井上医師を尋ね、今からでる事を告げた。
「4人とも気をつけて行けよ。また何かあったらここへ戻って来ればいい。」
井上先生は笑いながらそう言った。

要も笑って
「来週は店が開きますからね。ここで遊んでたら原田さんに殴られますよ」
「ははっ そうだったな。まぁいい、ほんとに困ったら連絡して来い。店の連中には私から言い訳をしてやる」
アキラと要はジャケットの内ポケットに忍ばせているハンドトーキーにつないだイヤホン・マイクを装着し、ロビーを通って外に出た。
要は明るい玄関を避けてロビーで既にヘルメットをかぶっていたがアキラはヘルメットを小脇に抱えたままだ。環と桜は、密かに裏口から駐車場に出て、ドッジに乗り込み、表通りの様子が見える位置に移動して待機した。

院長がみずから見送りに駐車場まで出て来てくれた。外はもう暗くなっているし、少しでも人目があった方が安全だという心遣いだ。
アキラが院長に一礼してヘルメットをかぶろうとした時、パタパタとサンダルの音がして華里奈がハァハァいいながら走ってきた。
「アキラ君、行くんやったら行くゆうて ちゃんとゆうてよ・・・」
華里奈がふくれた顔でアキラの顔を睨んだ。
アキラは照れくさそうに
「いってくらあ・・・」
手を上げてヘルメットを被る。
「もう・・・」
あきれている華里奈を尻目にバイクに跨った。
「ガッ 向かいのビルで今頃大騒ぎしとうで。勿体つけてやろうぜ。」
ハンドトーキーの感度を確かめる為に小声で言ったアキラの声が要のヘルメットに響く。
「結構派手な演出だな。で、今の女は誰だ?」
要は華里奈を振り返って聞いた。
「・・・現地調達や。」
アキラは前を向いたまま答えた。
「ふ~ん、いつのまに・・・。お前も隅に置けないな」
無線なので二人の会話は華里奈たちには聞こえない。
二人は話しながらエンジンを掛けしばらくアイドルで回した。
「お世話になりました。」
やがて、エンジンが温まり、要がバイザーをあげて井上院長に声をかける。二人は目と目を合わせて微笑むとゆっくりと病院の駐車場を出て裏六甲を目指してわざとゆっくりと走り出した。
院長は手を振って二人に別れを告げると、華里奈を連れて早々に病院の中へ入っていった。

「警報!」
川崎から発せられた言葉に本田が仮眠から一気に目覚める。
「動きがあったのか?」
「犬飼と若い男が出て来ました。どうやら、出かけるようです。」
川崎が答えると双眼鏡を持った本田はもうひとつの椅子に座り、肘を付いて双眼鏡を安定させると覗き込む。
暗い駐車場に4つの人影が見えた。
うち2人はバイクにまたがり、エンジンを温めているらしい。後の1人は医者、もう一人はナースのようだ。
「鈴木はどこだ?」
犬飼たちの怪我がかなり快復していると予想し、ターゲットが突然動いても対応できるように、常に一人はバイクで路上待機していた。
「医院南側の路地です。既に連絡をしています。」
川崎はそう言いながら革ジャンのジッパーを引き上げた。
「先に下で待機します。」
ヘルメットを小脇に抱えて階段を降りていく。
本田は無線機を引き寄せると川崎が下に降りてバイクに乗るまでの少しの時間を待った。
『ガラガラ』
下でシャッターが開きパランパンパンパンと2ストの音が聞こえてきた。間も無く、
「ガッ 鈴木 Ready。」
「ガッ 川崎 Ready。」
二人から、準備OKの無線が入る。
「指示を待て。」
本田が様子を窺っていると、しばらくまわしていたエンジンも温まったようで、いよいよターゲットのバイクゆっくりと駐車場の出口へ向かっていく。
医者とナースが手を振って建物の中に入っていった。
「よし、駐車場から出てくるぞ。先に追え。連絡を絶やすな!」
「了解 ガッ」
部下達は同時に答えた。川崎はガレージから、鈴木は路地から車道に滑り出る。
本田は2台が対向車線の路肩にライトを消して止まるところを確認し、自分も無線を手に、階下へ降りていった。
クラウンを出す為、ガレージを開ける。
その時目の前の井上医院駐車場から2ストの音が高く響いてきた。
「奴ら、ついに穴倉から出てきたな。」
そう呟き、本田はクラウンに乗り込みイグニッション・キーを回した。 

「黒のクラウンよ。」
要たちのバイクを追って、まず、モトクロスバイクが2台通り、それから1分遅れで、黒いクラウンが通り過ぎていった。
「あ~あ、みんな向こうに食いついちゃった。」
桜が残念そうに口を尖らせながら、ハンドトーキーを手に取った。
「こちら桜、黒のクラウンもそっちについた。こっちも今から追いかけるわ」
要たちに報告する。
「要、了解」
これで、プラン・Aになったと言う事だ。アキラ達とモトクロスの男たちの勝負をクラウンが邪魔するのを阻止しなければならない。
しかし、当座は自分たちがノーマークなのを知って、環は浮かないようなホッとしたような顔をした。
ハンドルに両手を置いてのんびり顎を乗せている環の横顔を覗き込んで桜がその横腹を小突いた。
「環!ほらっ 起きてよ!」
現実に引き戻されて、環は慌てて上体を起こし車をいきなりスタートさせた。
『ガオオォ~~キュキュキュ~ッ』 
ドッジがタイヤをきしませながら発進する。
身構えていなかった桜がシートで頭を打った。
「もう、なによ!環っ」
「ご、ごめん!
桜の怒った声に横を振り返えると、桜が上体をよじってシートに座りなおそうとしていた。
「・・・!」
環の目がなまめかしく身体をよじる桜の胸に釘付けになった。
シャツの胸元から白い胸の谷間がのぞき甘い女の匂いが鼻をくすぐる。
桜は、敏感に要の視線を捉えた。
彼女にしてみれば店に来るヒヒ爺どもの視線に比べればこのぐらいどうということもない。
「こらっ そんな目をしてるとお店の爺どもと同じよ。」
とからかう。
「コホン」
環は照れ隠しに咳払いを一つし、顔を赤らめながら前を向いて一路表六甲を目指した。





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