Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー108

「さて、行き先が決まったな」
ワークデスクに2台並んだ無線機から流れる会話をニヤニヤして聞いていた原田の独り言がガレージに響いた。
たった今、その一つから、表六甲に向かうと要に報告する桜の声が流れてきたのだ。
興津との情報交換で、横浜の客人たちが追いかけているルポライターを事もあろうか要と桜が助ける形になっているのがわかり、放っておくわけにもいかないと考えている所に、要がこっそり裏の仕事用のハンドトーキーを持ち出している事を知った。
「子供は子供なりに知恵を働かすようだが・・・」
原田はを面白そうに無線機の一つを見た。
要が拝借していったハンドトーキーは、もちろん原田が組み立てたものだ。
この無線機はその周波数に合わせてある。
「・・・どこか抜けてるところが、かわいいもんだ。」
原田はもう一つの無線機に目を移した。そちらからは、やたら耳障りな鈴木の声と聞き取りにくい川崎の声が聞こえてくる。
「まあ、抜けてるのは、子供ばかりでもなさそうだな・・・」
本田たちが無線装備を原田に依頼してきたのは実に都合がよかった。
おかげで、原田はこれから六甲道で繰り広げられるカーチェイスを両サイドから生放送でワッチできる幸運を得たわけなのだ。
「先ず第一に、小うるさい梶がヨーロッパにお出かけでいない。第二に工場長のタービンキットが組みあがった。店も休みときている。」
つまり、現場に行かない理由は何もないという事だ。
「よし、骨くらいは拾ってやろう」
原田は、上着を着ると、壁のキーボックスを開ける。いつもに比べて、随分鍵の数が少ない。
「まるで、レンタカー屋だ」
クラウンは本田に、ドッジは要に、ロールス・ロイスは、運転手付きで田中支配人に貸している。
原田は、寂しいキーボックスの中から、RX-7の鍵を選んで、取り出した。
「今から追いかけるなら、桜のドッジの方だな」
一人頷いて車に駆け寄るとドアを開けてバケットシートに乗り込んだ。
助手席に2台の無線機を並べ、電源をシガレットライターのソケットに繋ぎながら、原田はそこに興津がいないのを残念に思った。
「あいつが助手席に居たらヒーヒー言わせてやれたのにな」
興津は原田のドライブが苦手なのだ。
何年も前に、東京でコースを走る助手席に乗せた時以来だ。
「ばかやろう!!!車は真っ直ぐ走りもんだ。 蟹みたいに横向きに走るな!」
「蟹だと?ドリフトと呼びやがれ、物知らずが!」
原田は引きつった興津の顔を思い出し、声を上げて笑った。
「今夜は最高の夜になりそうだ」
秒針が0になったとき原田はガレージから夜の神戸の街へ走り出た。





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