Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー109 1

コーナーで僅かに速度を落とした本田の右側にタイヤをきしませながら環の運転するドッジのピックアップが鼻先を突っ込んで横並びになった。
接触せんばかりにドッジの車体が迫ってきて、本田は思わずブレーキを踏み込みスピードを緩める。
「なにをしやがる」
悪態を付き、ドッジのほうを睨む本田の目に、助手席の腕を吊った女が写った。
顔は暗くてはっきり見えないが、白い三角巾と、ソバージュの女だ。
「!」
2台が並んだのは一瞬の事でドッジはそんなことは気にせずにどんどん坂を登っていく。
失速した分立ち上がりが遅いクラウンは取り残されてしまい、ピックアップは見る見るうちに次のコーナーの向こうへ消えていった。
「ソバージュだ 見つけたぞ。」
そう叫ぶと同時に本田はアクセルを力いっぱい踏み込んだ。
車が悲鳴を上げる。
今までのグリップ走行が途端に獲物を追いかける豹のように一変した。
エンジンの吹き上がりは申し分ない。
重い車体がネックになって上り坂では少し伸びが足りないが、もうすぐ頂上だ。
下り坂になれば逆に慣性の法則にしたがってスピードが乗る。
本田は見る間に速度を取り戻し、ドッジの赤いテールランプが4コーナー先をまわるのを捉えた。
コーナーではショックが柔らかい分、路面にタイヤの食いつきが多少悪いが後輪をスライドさせて無理やり曲がっていく。
「ほら 逃げろ逃げろ」
本田は舌なめずりをした。
「楽しませてもらうぞ」

谷間にこだまするスキール音を環は聞き逃さなかった。
バックミラーで後ろを確認すると4コーナーくらい向こうにチラッと山肌を走るヘッドライトの光芒が見える。
「もう、追いついてきやがった・・・」
上りのコーナーで失速させ、その後も、大型車に不利な上り坂でかなり引き離したつもりだったが、相手のキャッチアップが、素早い。
「くそっ これじゃ追いつかれる・・・」
再び、焦りで動揺する環はコーナーでのハンドル捌きに精彩がない。
コーナーまわる度に失速して2台の車間はどんどん縮まっていく。
それには、もちろん、桜も気付いた。
「来たようね。」
涼しい顔で環に話しかける。
「もう、コーナー3個後ろだ・・・」
「焦らなくてもいいのよ。もうちょっと追いつかれたぐらいの方がやり易いわ」
「ああ」
そう答えながらも手が汗にべたついている。
「丁字路までにやっつけなくちゃね」
相変わらず桜は明るく言う。
環は黙って頷いた。緊張のあまり喉がカラカラに乾き言葉が掠れているが、今度はさすがに肝が据わっている。
「じゃあ、今のうちに路肩で止めて、運転を変わって。環は打ち合わせ通り後ろの荷台に乗ってちょうだい!」
ほとんど命令口調で桜に言われた環は車寄せに止めて窓からスルリと荷台に移った。
桜は直ぐに運転席に滑り込む。
環は荷台で転がらないようにあらかじめフックに固定してあったロープにカラビナを使って体を固定し、荷台に乗っているフランジを一つ手繰り寄せた。
「よし」
環が後ろの窓を叩いて、準備完了の合図すると同時に、桜はドッジをスタートさせた。
バックミラーにヘッドライトが見える。今ので、上手い具合にコーナーひとつ分、間を詰められたようだ。それでも桜は慌てない。一気に加速しながらも、後ろの環を気遣ってコーナーをスムーズに駆け抜けていく。
膝の上にフランジをおいて環はあおりから頭をちょっと出して後ろを覗いた。
数秒前にドッジが曲がったコーナーから、丁度クラウンのヘッドライトが回ってくる所だった。
「もう直ぐそこや・・・」
相手がうまい具合に追いついてくるように、桜がスピードを押さえているのだ。
緊張して肩が強張る。
環は汗をかいた手のひらをGパンでゴシゴシ擦り、少しでも滑らないようにした。準備OKだ。
「ここで、男を見せなあかんで」
フランジを股に挟みこんで両頬を両手で叩いて活を入れる。
『コン ココン』
ゴウゴウ響く風の音に混じって桜からの次のコーナー手前の合図が聞こえた。
『よっしゃ、右コーナーやな』
環は両足をあおりに当て、踏ん張った。寝転んだままフランジを頭の上に持ち上げて次の合図を
待つ。数秒後、
『コンッ』
合図と同時に、環はカウントした。
「5・4・3・2・1・・・」
荷台に寝転んでいても、エンジン音でクラウンが迫ってくるのがわかる。
「・・・0!」
環はガバッと上体を起こし、頭の上に持ち上げたフランジを力任せに目の前のライトめがけて放り投げた。
「うぉ~~りゃぁ~~~」

 ヘッドライトの光の中に突然男が現れたかと思うと、黒い塊が自分めがけて飛んできた。
本田は咄嗟にブレーキを踏んで加重を前輪に移し、グリップを良くして右に逃れようとした。
しかし、ボンネットに当たって跳ねたその塊はそのままフロントガラスに命中した。
フロントガラスには一瞬で無数の皹が走り、目の前を真っ白にする。
『キキキーッ』
前が見えない事で本田のハンドル捌きに乱れが生じた。
後輪が左に流れ、そのまま反対車線の路壁に右前輪をグワンと乗り上げる。
ハンドルに衝撃が走り『ボンッ』と言う音共にエアーバックが飛び出して本田の視界を遮った。
火薬の匂いが車内に広がる。本田は本能的にハンドルから手を離して、顔を覆った。
勢いのついた車はそのまま右側が跳ね上がり車は空中で一回転して反対車線へ飛ばされる。
『キィーーーキキィッ、ガッガガッ ・・・・』
ブレーキ音に続き、車体が道路をを擦る激しい金属音を後ろに聞きながら、桜はドッジを少し先の路肩に止めた。
『ガシャ~ッン ゴオーーーーン』
クラウンの車体が火花を散らしながらガードレールを擦る。
ガードレールが外側に押されゴオオオンと大きな音を立てて歪んでいった。
「落ちないでくれ・・・」
荷台からわずかに頭を出して、その様子を見ていた環がうなった。
『ギギギギギギ・・・・』
耳障りな鉄と鉄が擦れる音と共に車が徐々にすべる速度を落としていく。
ガードレールは、繋ぎ目が引きちぎられながらも、クラウンの重さに耐え、それが谷間に落ちるのを間一髪で救ったようだ。
『パーーーー・・・』
ようやくヘッドライトの動きが止まり、クラクションが鳴ったままになった。

 その時、車が数台、坂を下りてきた。
クラウンの事故を見て、次々に、車を止め、ばらばらと人が降りてくる。
「あー、こりゃひでえなあ。」
「おい、大丈夫か?」
クラウンの周りに野次馬が集まるのを見て、桜は、環に車内に入るように声をかけた。
「わたしが、見てくるから・・・」
と言い残して、クラウンの方へかけて行く。





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