Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー111

原田は急勾配の山道をスムーズに登っていく。
「さすがに工場長のタービンだ」
トルクもあるし吹き上がりも申し分ない。
車を意のままに操れるのだ。
アクセルを踏むと小気味良い加速感がなんともいえない。
原田は僅かにブレーキペダルを踏み込み、ほとんど速度を下げずにヘアピンカーブをまわった。
「ブレーキは止まる為のものじゃない。荷重を移動して、早くコーナーを抜けるために為のものだ」
口癖のように要にそう言う。
そして今、原田はそれを無意識に実践しているのだ。
原田はドッジから遅れること、3分と踏んでいた。
本田と二人の部下は、二手に分かれて要とアキラを挟み撃ちにするつもりだ。
クラウンの後ろについていた桜のドッジが、3分ほど前にこれ見よがしに本田を追い抜いていった。
「桜め、本田をやるつもりだな」
助手席の2台の無線機から流れる2組の会話から、原田は状況を正確につかんでいるのだ。
頂上を越えて、下りに入り、少しいくと、数台の車が止まっているのが見えてきた。
人だかりが出来ている。
さらに近づくと、黒いクラウンが千切れたガードレールに引っかかって、崖っぷちでゆらゆらとしているし、その向こうには、ドッジのピックアップが止まっているのが見える。
「はは、派手だな。」
原田が苦笑した。その時、ドッジから女が飛び出してきた。桜だ。
「あのばか・・・」
事故現場にはすでに野次馬が集まってきている。
顔を見せに行くようなものだ。
原田は現場をやり過ごすと、野次馬達からドッジが影になるようにRX-7を止めた。
車を降りて、桜の前に立ちはだかる。
「原田さん・・・?」
桜はびっくりして立ち止まった。
「だめだ!」
原田は短くそういって、クラウンに向かって駆けて行く。
男が何人かドアを開けようとしているのが見えたからだ。
「やめろ!落ちるぞ」
原田が叫んだ。
クラウンは、前半分が完全に崖から飛び出てガードレールに引っかかってバランスを取っている。
ドアを開けたら重心が前に移動して、落ちてしまう。
「あんたとあんた、トランクを押さえてくれ」
原田はがたいのいい2人の男にそう怒鳴って、クラウンの運転席に駆け寄る。
ドアは完全に歪んでサイドウインドーも粉々だ。
「だいじょうぶか?」
声をかけると
「うう・・・」
本田がうめいた。
「引きずり出すぞ。誰か手伝ってくれ!」
男が一人駆け寄ってきた。
二人で本田の両脇を抱え、窓から外に引きずり出す。
本田は、額をどこかで切ったらしく、出血は多いが、見た目ほど怪我はひどくないようだ。
「大丈夫だ・・・」
と言うと、自分の足で立ち上がり、ふらふら歩き始めた。その時、
「おちるぞ!」
野次馬の一人が叫んだ。
「手を離せ!」
原田が、トランクを抑えている男達に怒鳴る。
『ギャギイギィギギギィィイィィイイイッ』
男達が抑えていた手をトランクから放すが早いか、金属が曲がる音が再び聞こえ、黒いクラウンはすべるように谷底に落ちていった。
『どどーん』
その場に居合わせた全員が、唖然としてしばらくその様を見つめている。
原田だけは、ちらりとドッジが停まっていた辺りに視線を投げた。暗い車寄せには、シルバーのRX-7しか停まっていない。
「よし、行ったな・・・」
原田は頷くと、
「で、救急車は呼んだのか?」
と野次馬の若者達に聞いた。
その中から気の利いた奴が一人
「俺、下の駐在に行ってきます」
そう言い残して自分の車に駆け寄ると、すぐにスタートさせた。
結構いい音がしている。
「ふっ」
原田は思わず笑みがこぼれる。
運転は経験だ。事故を見て、事故に遭って、一人前になっていく。
こいつらもそのうち事故ることがあるだろう。
だから今のうちに経験しておけ。
原田はそんな気持ちでそこに居合わせた若者達にてきぱきと事故後の処置を指示していった。
本田に大した怪我がないのが幸いだ。
「後はできるな?」
原田は、若者達に、にっと笑いかけ、さっさと車に戻って行った。





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