Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー113

勢いよく飛ばされた鈴木は、ガードレールにたたきつけられた。
向こう側は谷底である。
鈴木は落ちまいと、本能的にそれにしがみついた。
ぶつかった衝撃で胸が痛む。肋骨が折れたのかもしれない。
「ぐぁあああ」
獣じみた声が漏れる。
ドライバーを失ったバイクの方ははバランスを崩して山側にのり上げ、そのまま反対側にUの字の弧を描きながら、鈴木がしがみついているガードレールめがけて飛んできた。
『グワッシャーン』
バイクは、鈴木のすぐ隣のレールの上部にぶつかった。
『ゴワオォ~~~~~~ン』
ガードレールが根元からはずれバイクはそのまま谷底へ落ちていく。
鈴木は、千切れて垂れ下がったレールにしがみついたまま谷側に宙ぶらりんになってしまった。
「うううぅぅ・・・」
何とか持ちこたえてはいるが、腕でつかまっているだけで足元は空を切る。
斜めになったガードレールを掴む両手がだんだんと痺れてきた。
「だ、だれか・・・」
その時、
『キキキキッ』
車が止まる音がして、誰かが駆け寄ってくる軽やかな足音が聞こえた。
「た、たすけて・・・く・・・れ・・・ 腕が痛い もうモタねえ・・・」
鈴木が大声で叫んだ。すると、
「一体、あんた達、何物?」
上から落ち着いた女の声が聞こえてきた。鈴木は反射的に声のする方へ目を向けたが逆光で声の主の顔が見えない。
「な、なんのことだ?早く助けてくれ」
必死で上を見る鈴木の目に長いソバージュだけが闇に浮んでうつった。
「あんた、犬飼さんたちの命を狙ってるんでしょ?」
「なに?」
鈴木は慌てた。
こいつは、あのときの女か?アパートで逃がした女の後姿が鈴木の脳裏に蘇えり、目の前のソバージュの女のシルエットと重なった。
「う、内田 ひろみか?」
鈴木は焦った。怪我をしたひろみがこんな所をうろうろしているはずがないのに、助かりたいばかりに、思考が働かない。
「ゆるしてくれ、お、おれは、命令されてやっただけなんだ。撃ちたかったわけじゃ・・・」
早口でいいわけをならべる。
「・・・へえ、あんたが、ひろみさんを背中から撃ったんだ・・・」
「え?」
鈴木は言葉に詰まる。勘違いで要らぬ事までしゃべった事に気付いたのだ。
「・・・なっ なんのことだ・・・、いや、ちがうんだ・・・」
男が少し逡巡してからとぼけようとしたのが、結局駄目押しになった。
「そうなの。 じゃあ、助けてあげない。ひろみさんの仇よ」
桜はそう言い捨てると踵を返した。そのまま環が回してきたドッジの助手席に乗り込む。その時遠くの方から車が近づいてくる音が聞こえた。
「まってくれ~ たすけてくれ~~~・・・」
情けない声に環が窓から覗こうとしたが、
「放ってておきなさい。アキラを助けに行くわよ。」
桜が前を見つめたままぴしゃりと言った。口を挟む余地はない。
『ガロロロ~~』
鈴木の叫び声もエンジン音にかき消され静かになった。





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