Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー114

ドッジとすれ違ってから一つ目の丁字路を左折して、要はUターンする為に一般車をやり過ごそうとしていた。その目の前を左から右へシルバーのRX-7が一台猛スピードで通過していく。
「あれ?」
要は首をかしげた。
運転手が原田に似ていたのだ。
スポーツカーにも見覚えがある。
店が休みにになって今日で5日、原田にはあっていない。
しかし、寝る間も惜しんで、工場長のタービンキットをいじくっているはずの原田が、なんで、六甲道にいるのだろう。
RX-7のテールランプがコーナーに消えていく。
はっとして、要は右折した。しばらく走ると、さっきのRX-7がハザードをつけて谷側によせて止まっていた。
「原田さん?」
大破したガードレールの間から、谷間をのぞいているのはまぎれも無く原田だ。
要はCB750を止めて、駆け寄ろうとした。
「まさか、桜たち・・・」
「来るな。」
原田が振り返って叫んだ。
その声がいつもに無く緊迫している。要の歩が止まる。
「落ちたのは、ドッジじゃない。」
「・・・じゃあ・・・」
つまり、威勢のいい、バイクの方が落ちていったという事だ。
要は胸をなでおろした。
「いいから、早く行け。」
それは命令だった。
「は、はい。」
要はバイクに戻りエンジンを掛けた。
コーナーを曲がるまで、サイドミラーに映る原田に視線を投げる。
それもやがて見えなくなった。

暫く走ると要はハザードをつけたバイクが路肩に止まっているのを見つけた。
ドッジもエスケープゾーンに止まっている。
ハザードのオレンジ色の光が数人の人影を揺らしている。
要はバイクを止めるとエンジンを切った。
チンチンとマフラーが鳴っているのが耳障りに感じるぐらい、辺りは静かだ。
ヘルメットを脱ぎ、仲間達の方に歩み寄る要の胸に、一つの影が飛び込んできた。
「やったよ」
桜が嬉しそうな声をあげる。
その後ろで、環も興奮しているのが見えた。
「アキラ、大丈夫か?」
要は桜を抱いたまま、友を気遣った。
アキラがバイクの陰から立ち上がる。
どうやらプラグを抜いて取り替えたようだ。
「ああ、心配かけてもたな。」
アキラは、頭をかいた。
「うまくいったな。」
5年前に自分が事故に遭ったあの魔のコーナーで、まんまと鈴木をしとめる事ができたのだ。
要は、友に笑いかけてから、腕の中の桜に目をもどした。
「よしよし よくやった」
「ご褒美は?」
桜は男の目を見つめたまま、その首に両腕を回した。
身体をくねらせ、胸を押し付けてくる。
オレンジのライトに照らされる顔がなんともなまめかしい。
「コホン」
少々複雑な思いの環の咳払いがした。
「これで、邪魔はおらんようになったちゅうことや。お楽しみは後や!ずらかるで」
アキラがオレンジ色の明滅に照らされながら3人を急き立てた。
「おう。」

それぞれがマシンに乗って移動を開始した。
前にCB750とGPZ750R、ドッジがしんがりを務める。編隊飛行だ。
谷間には、宝石をちりばめたような神戸の夜景が、何もなかったように静かに輝いていた。





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