Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー124

「RRRRR・・・・」
編集長が持つ受話器から相手を呼び出す呼び出し音が聞こえた。
「もしも~し」
電話に出たのは、いつもの間延びのした穏やかな声だ。
「おっしょはん 久しぶりだね」
「あら、その声は編集長」
おっしょはんの声が、心なしか弾んでいる。
編集長にも犬飼が決めたコードネームがあるのだが、
「俺は、数字で呼ばれるのは嫌いだ」
と、編集長で押し通している。
「犬飼は、まだそこにいるかい?」
「残念ね~、『3110』との5時の電話が終わったらさっさと帰っちゃったわよ」
「じゃあ、今はセーフハウスかな・・・すぐ連絡付くのかい?」
「う~ん、今はだめね。今晩潜入するから、仮眠を取るって言ってたわ」
今夜は多分徹夜になる。当然だろう。
「そうか・・・」
「9時に出るって言ってたわよ。急用ならその時間に連絡してあげるわ」
あいつが出かける前に、もう一度カツを入れてやろうと思っていたのだが・・・
「じゃあ、いいや。大したことじゃないんだ。」
と、彼女の申し出を断り、
「ところで今度飯でもご一緒に・・・」
と、言い終わらないうちに、
「そうね~ 今だと戻り鰹が美味しいわね」
おっしょはんからは、嬉しげな返事が返ってくる。
「ボチボチそんな季節ですな はっはっはっ」
次回の食事の約束をさせられてから電話を切った。
静けさが戻ってくる。
編集長はさっき黒線で名前を消していったリストに目を落とした。
情報屋、バーテンの佐竹に始まり、このリストから抹消された客たち・・・倶楽部の周りで何人もの人間が死んでいる。不吉だ・・・

「犬飼さんよ 俺たちはとんでもないことに首を突っ込んだようだな」
編集長は独り言を言った。。
しかし、そうは言うものの、自分自身も乗りかかった船である。
編集長は気を取り直して、また受話器を取ると、もう一ヶ所どこかに掛けなおした。
「もしもし、おれだ。」
電話の向こうから、ぼそぼそと答える声が聞こえる。目的の本人が出たようだ。
「確かお前さん、このあいだ俺が話したネタが欲しいって言ってたね」
どうやら同じ出版関係の人間にかけているようだ。
「結構面白いネタになりそうなんだがね・・・。そう言えばわかるだろう?」
どうも嗾けているようだ。
「今晩でもどうだ?」
「・・・」
「よしっ じゃ9時だな」
相手の返事に満足し、受話器をフックに戻す。
「これで、保険はかけた・・・」
編集長はタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。





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