Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー126

ビールがぬるくなってきた。

それでも編集長は男が資料を最後まで読むのを辛抱強く見守っている。
「ふうう・・・」
ようやく読み終えた資料を丁寧にそろえ、自分の脇においた男が、大きくため息をついた。
「今は、明日の朝が待ち遠しい、としか言えんな。」頬が高潮しているのはビールのせいだけではない。
この男は珍しく興奮を隠せない様子だ。
「ところでまだ知らないだろうが、今朝大阪湾で一人、この倶楽部の関係者が浮いた」
編集長はその男の目を見た。
「相変わらず情報が早いな」
男は、口元に笑みを浮かべながら
「俺を誰だと思ってるんだ」
数週間前、初めて政治を動かしている社交クラブの存在について編集長が匂わせてから、この男もやはり紐育倶楽部に目をつけていたとみえる。
「大阪で土左衛門ねえ・・・」
「ああ、どうも、この紐育倶楽部の情報室の上のほうの奴だ」
「ふううん、で、名前は?」
「斎藤 豊とかいったな」
「なに?情報部ナンバーツーの斎藤か?」
編集長は、耳を疑った。
倶楽部の情報を犬飼にリークしているとコードネーム『3110』。
犬飼と編集長は、情報の正確さ、重要さから斎藤がその本人であると判断していた。
そいつが死んだ?
「それはいつだ?」
「ああ、どうやら気になるようだな」
「鑑識によると死後4日ってとこだそうだ。」
男はそう答えて突出しをアテにぬるいビールを飲んでいる。
「うっ」
『3110』が最後に犬飼とコンタクトを取ったのは、数時間前の午後5時だ。つまり、『3110』は斎藤ではなかったということか?
「ちょっと・・・」
編集長はにわかに立ち上がると、断りもそこそこに、慌てて電話を掛けにいった。
カウンター横のピンクの公衆電話に飛びつくが早いか、おっしょはんの電話番号をまわす。
「RRRRRRR」
「もしも~~し」
「おっしょはん、『3110』は斎藤じゃない。
斎藤は4日前に大阪湾に浮んだと伝えてくれ」
「犬飼さん、もう出ちゃったわよ。」
「なんだって?」
腕時計を見ると、10時をかなり回っている。
そういえば9時にでると言っていたっけと、舌打ちをする。
もうとっくに建物に忍び込んでいる頃だろう。
「次に連絡があるのは多分、外に出てからだと思うわよ」
「仕方ないな・・・」
編集長は電話を切って考え込んだ。
『3110』が、斎藤でないとすると、一体誰なんだ。
まさか、神戸に乗り込んでいる倶楽部の支店長が・・・「ありえん・・・」田中が、自分で自分の倶楽部を潰すような計画を立てる理由が見当たらない。
「おい、どうした・・・」
座敷から男がいつまでも戻ってこない友の様子を見に出て来た。
「う~ん」
それでも、編集長は電話を睨んだまま、うなっている。
犬飼との約束までまだかなりあるが、ここで飲んでいる気分ではなくなってしまった。
「どうやらゆっくり出来ないようだ」
編集長はそれだけ言うと格子戸を引いて店を出て行く。
「やれやれ、忙しい奴だな。」
男は、呆れて、その後姿を見送っていたが、また暖簾を出しに外に出た親爺が戻ってくると、
「親爺、ビールと何か適当に作ってくれ」
と、声をかける。
「あいよっ 今日は戻り鰹のいいのが入ってるよ」
親爺は、冷蔵庫を開けて、威勢のいい声を上げた。

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2023/10/28 22:30
戻り鰹とビール美味しそうだな~と思っちゃいました(*´ω`)
そういえば今年お酒あんまり飲んでないな~。
夏のビール美味しさも味わえなかったです。




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