刻の流れー128
- カテゴリ:自作小説
- 2023/08/27 22:18:37
午後8時から午前2時の間、従業員用の通用門を通る人間はほとんどいない。
鉄格子の門は塀と同じ高さで2メートル以上あるし、錠もしっかり下ろされる。
監視カメラがあり、映像は建物内の警備統制室でチェックしている。
警備員がいる必要はないようだが、そうはいかないもので、この詰め所配属になった警備員にとっては孤独と睡魔が最も厄介な相手となっていた。
この夜も、最後の従業員が7時前に出勤してきてから、通用門の警備員はしばらくの間、雑誌やラジオで、退屈さを紛らせていたのだが、真夜中近くになるとさすがにうとうととまぶたが重くなってきていた。
それが、寝入り端に地鳴りと共にとんでもない大音響が聞こえてきて、転寝からたたき起こされたのだ。
「な、なにごとだ?」
思わず詰め所から飛び出す。
正門の方だ。様子を見に行きたいが持ち場を離れるわけにもいかず、気をもんでいると、正門の方から黒い服装の男が一人かけて来た。
暗くて顔が見えないが、警備員はそれが、黒服の一人だと判断した。
「どうしました?何があったんですか?」
「トラックが横転して、火が出た!消火活動を手伝ってくれ!」
男がかなり慌てた様子で早口にどなった。
「火?」
警備員が正門の方をうかがうと火の手で闇がオレンジ色に染まっているのが見える。
「了解!」
警備員はそう叫び、詰め所の消化器を掴んで、正門の方に駆け出した。
「ドケドケ、邪魔だ」
門の外の野次馬を掻き分けて警備員がトラックに駆け寄っていくのを見届けてから、黒い服の男、編集長は、こっそりと、今は無人となった通用門に近づいて行った。
「あれが監視カメラだな」
素早くカメラから地面に伸びている配線を目で追う。
コードはPVCパイプの中を通って、一旦地中に埋められ、詰め所の壁の所でまた地上に出てきていた。
編集長は、持ってきたペンチの金属部分で地面に出てきたところのパイプを力任せに打った。
何度か打つとパイプが割れる。
むき出しになった銅線を編集長はペンチで引きちぎった。
これなら、何かの重機でパイプを押しつぶして、断線したように見えないでもない。
カメラを見上げると、さっきまで付いていた赤いランプが消えている。
「よし」
そこまですると、編集長は身だしなみを整えて、悠々と正門の方へ戻っていった。
正門前は蜂の巣を突付いたような騒ぎになっていた。
ガタイのいいガードマン達が怒鳴りながら駆け抜けていく。
外では近隣の人々が野次馬と化してわめいているし、倶楽部の建物を振り返ると窓には客たちが鈴なりになっている。
塀の向こうでまた、ボンと音がしてオレンジ色の影が揺れた。
群集がどよめく。
さっきは問題なく忍び込んだ門の横のくぐり戸も、今は野次馬が紛れ込まないように、ガードされていた。
その時編集長の隣を黒服の男が一人すり抜けた。
「避難誘導はどうしますか?」
別の黒服の男が、振り向いて
「いや、避難の必要はない。」
と答えた。
どうやら、ここの責任者のようだ。さすがに、音とボヤだけで大した事故ではない事に気付いたのだろう。
男がちらりと窓の客達に目をやって
「しかし、まずいな・・・」
とつぶやく。中の客達が騒ぎ出す方が厄介なのだ。
「すぐにこちら側の大広間は封鎖し、客達を隣の間に誘導申し上げろ。」
男は部下に手短に指示を与えてから一人のガードマンに声を掛けた。
「お前は野次馬や消防隊が敷地内に紛れ込まないようガードを張れ。私は館の執務室にいる」
「わかりました」
そういわれた男はすぐに手近にいる男たちを数人捕まえて指令を出し、正面門に向けてかけだした。
そろそろ、遠くから、消防車のサイレンの音が近づいてくる。
「支配人が不在の日に限って・・・」
眉間にしわを寄せて建物に戻ってくる黒服の前に編集長がノコノコと歩み寄ってきた。
「何があったのかね?」
さっきのゼイゼイは鳴りを潜め悠然とした態度だ。
タキシード姿の貫禄のある男が堂々と目の前に現れ、黒服は完全に騙された。
編集長を、外に迷い出てきた客だと勘違いしたのだ。
「外で事故がありましたが、ご心配はありません。どうぞ広間のほうへお戻りください」
深々と頭を下げる。
「そうかね?」
「おい、こちら様を中までご案内しろ」
黒服は笑顔を作り、部下の黒服を呼んだ。
「いやいや、ここのサービスはいつも言う事なしだな。はっはっは」
鷹揚に笑いながら玄関の中に消える編集長に一礼して黒服は執務室を目指した。