刻の流れー130
- カテゴリ:自作小説
- 2023/08/29 23:04:24
「皆様、次の間でショーが始まりますので、どうぞ」
大広間にアナウンスがあり、倶楽部の客達はコンパニオンと黒服達に促されてぞろぞろと隣の広間に移動していた。
「どのような、ショーかな、これは楽しみというものだ」
黒服に案内されて3階の大広間に足を踏み入れた編集長は、そういいながら、うまい具合に他の客たちに紛れ込んだ。
少々の事では驚かない編集長も、このフロアに集まっている政界、財界の大物達の面々には驚愕を顔に出さないのに苦労していた。
「この、顔ぶれはすごい・・・」
何度も生唾を飲み込む。隅の席に腰を下ろして、舞台で半裸の女が踊るのを見るとはなしに見ていると突然、
「もう少し早けりゃショーの真っ最中だったんですがね・・・残念ながらもう幕ですよ」
後ろから声を掛けられ、編集長はびくっとして振り返る。
そこには犬飼がニヤニヤして座っていた。
「やあ、久しぶりですね」
「おお、君か・・・」
驚いたのははじめの一瞬だけで、編集長は瞬く間に鷹揚な仮面を取り繕う。
「ところで、表で何があったんでしょうな?」
ソラ惚ける。
「どうやら、あらくたい(荒っぽい)運転手がトラックをひっくり返したようですよ」
犬飼はいつもの調子を取り戻した編集長に笑いかけながら、
「ここらは道路事情がよろしくないですからなあ」
「いやあ、実に、建設省の怠慢ですな」
「あっはっはっは
」和気藹々といった体で笑うと、犬飼が席からおもむろに立ち上がった。
近くに給仕が寄ってきたのだ。
「そうそう、この奥に先生がもっと気に入りそうな部屋がありましたよ」
「ほうほう」
編集長を促して、ギャンブルの部屋に移動する。二人は観戦する人垣に紛れ込んだ。
『逃げ出したんじゃないのか?』
移動しながら、編集長が耳打ちした。
『今からお暇をしようと思って、外まで出たんですが、あんたが中だと聞いたもんでね』
『ってことは、新に会ったんだな。絵は渡せたのか?』
『まあね。でも、予定変更は連絡してくれなくては困りますよ』
犬飼が不服を言ったが、編集長は
『なあに、結果よければ全てよしだろう?』と、
ものともしない。それどころか
『絵は、今夜編集部まで届けるように言ってある。なかなか、役に立つ若造だろう?』
と、自慢をする始末だ。
『まあ、トラック事故の手際には感心しましたけどね』
『ほほお そう思うか、じゃ請求書の半分は持ってもらおう』
『心配して上がってきた恩人に対して、お言葉ですね。帰りはどうするつもりなんです?』
『出るのは何とかなりそうだ』
『ほお、大脱出じゃないんですか? あんたの腹じゃあ、マンホールは通れませんよ』
その時、別の給仕が近づいてきた。
「なあに、一番の見せ場だ。 はっはっは」
編集長は、急に声を上げて笑った。給仕は陽気に談笑しているかに見える2人に飲み物を勧めた
「シャンパンをどうぞ」
「ああ、私は結構・・・ショーの続きを見てきますよ」
犬飼は断ったが、編集長は
「そうですか、ではココでお別れしましょう。私はまだツキがあるようなのでもう一勝負・・・」
シャンパングラスを盆から取り上げ、犬飼に握手を求めて右手を差し出した。
犬飼がその手を握ると何か硬く触れるものがある。
どうやら、鍵のようだ。
「グッドラック」
犬飼は肩をすくめそう言い残し、ギャンブルの部屋を後にした。
「チャオ」
編集長は、ウインクで犬飼に応えた。