Nicotto Town



自作小説倶楽部11月投稿

『暗い道の先』


その店はまるで街の影の中に存在しているかのようだった。
出張の帰路、列車は突然、通過予定だった駅に停まって動かなくなった。車掌の声で運転再開の見込みがないことを理解すると乗客たちは各々席を立ち開けっ放しの扉から列車を降りた。幸い、そこには大きな街があった。
人の群れから離れて、私は明るい大通りを歩きだした。駅前の店はどれも客でにぎわっている。狭い座席から解放されたばかりで、あの中に飛び込む気にはなれず、静かな場所を求めて脇道に逸れた。そしてビルとビルの間に挟まれた細く、昼過ぎだというのに薄暗い通りの先に『道具屋』という小さな看板を掲げた店があるのに気が付いた。
区画整理や開発から取り残されたのだろうと推測しつつ古道具屋の建物を見上げてみたがビルの谷間の底の底に立っているようで建物の全貌が掴めない。どのくらいの大きさの建物かと好奇心が頭をもたげた。引き戸に手を掛け、開ける。
「いらっしゃい」
店内に踏み込むと同時に声が掛ったが私の目の前にあったのは壁を覆い隠すほどに並べ、積み重ねられた品々だった。工芸品らしい木彫りの人形や壺から額に入った絵画や農具のようなものまであった。よく見ると巨大な棚があり、その表面にパズルのように品物が組み込まれている。その巧みさに感心したが建物の構造はさらにわからなくなった。
声の主は棚と棚の間から顔をのぞかせた。丸眼鏡を掛けた髪も肌も白っぽい小柄な老人が笑みを浮かべていた。
「貴男は運がよろしい。ここは少し特別なものを集めた道具屋です。きっと懐かしものを見つけることができますよ。これなんて遺跡から見つかったメダルです」
老人は手近の棚から小物を取り上げる。近寄ってみると老人は棚の間の小さなスペースに椅子と机を置いていた。よほど掃除が行き届いているのか埃っぽさはまったくなく、居心地の良さそうな場所だった。
小机の上には電気スタンドと読みかけの本のほかにこまごまとした造形物が並んでいた。一つが目に留まり、思わず取り上げる。小さいがずっしりした重みのあるそれは白く光る石でできたウサギの人形だった。子供の頃、父の書斎で同じものを見たことがあった。文鎮として使われていたそれは海外旅行の土産物だったと記憶しているから。同じ場所で作られたものだろう。長い耳をぴんとのばした美しくて凛々しいウサギ。私はどうしてもそれが欲しくなった。裏側に小さな値札が貼ってある。少し高いような気がしたが買えない値段ではない。私はすぐに財布を取り出した。
「ここでは長い年月、商売をしているんですか?」
商品を受け取っても私は立ち去りがたく。老人に話しかけた。
「ええ、祖父の代からやってます」
「驚いた。商売のコツはなんですか?」
「品物をようく、見ることですね。材質や造りだけでなくその中の思い出までね」
その時、再び店の扉が開き、誰かが入って来た気配がして、私は口をつぐんだ。
「おい、店主。この人形はなんだ」
乱暴な口調に思わず私は首をすくめたが、老人は対応のためにスペースを出て行った。老人と新たな客の会話に耳を澄ますと、商品のひとつの人形の由来を訊いている。スペースからそっと首を出すと、身なりの良い男の姿が見えた。しかし、不釣り合いなミルク飲み人形を凝視し、一瞬ひどく乱暴な手つきで揺さぶった。
「この人形はですね。とあるお屋敷にあったものです。もとは没落した貴族だったそうですが、三年ほど前に海外に移住すると家財をすべて売り払いました。それはその一つです」
男は急に静かになった、と思うと。人形の値段を尋ねた。私はその値段を盗み聞きして思わず息を飲んだ。とても古い人形の値段とは思えなかった。
男が金を払い、立ち去った頃合いに私は疑問を口にした。
「あの人形は高価なものだったのですか?」
「いいえ、」
「なら、どうしてさっきの客はあんなものに金を払ったのですか?」
「あの人形が前の持ち主に渡る前、誰が持っていたものかはわかりません。でも、前の持ち主は人形の腹の中に何かが詰まっていることに気が付きました。開けてみると金貨が詰まっていたんですよ。紆余曲折はありましたが、それらは海外移住の資金になりました。さっきのお客様は、3年より前の人形の持ち主のことを知っているのでしょうね。そして金貨の由来も、証拠の人形を処分するために買ったのかもしれません」
黄金の幻に浮かされたまま私は店を出た。表通りに出ると、背後の古道具屋が消えているような気がして振り返る気にはなれなかった。
ポケットに入れた石のウサギを握る。取り出して見つめると、あることを思い出す。幼かった私は父の机の上にあった、それが欲しくてたまらなかったのだ。ある時、父がいない間に手に取って、誤まって落とした。父の叱責を恐れるあまり花壇に埋めてしまったのだ。
日の光の中で輝くウサギの耳にも私が壊したのと同じようにヒビが入っていた。


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2023/12/03 01:18
不思議道具屋:不二子不二夫漫画に『魔太郎』という魔法使いものがあり、借りて読んだことがあります。
ちょっと似た感じがしますが、こちらのほうが可愛く仕上がっていて、好感がもてました。
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2023/12/02 23:51
兎にまつわるエトセトラ。
隠し金貨より大事なのは思い出。
兎年もあと一か月弱です。



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