すっとすっと 三
- カテゴリ:日記
- 2024/02/19 20:11:10
僕は女の目に涙が浮かんだのを見た。
「なんで泣くわけ?君が泣くのはお門違いってやつだ。それに君は、」
「それくらいにしておけ。」
ずっと無言で行先を見ていた親友が口を開いた。
親友の一言にハッとなった。
僕は・・・、女を傷つけたいわけじゃない。ただ・・・、自分が傷ついたから。自分と、大切な人を軽く扱われたから。
「…ごめんなさい。このことを聞かな・・かったふりを・・・してほし・・いです。」
眼の前のうつむいて、物悲しげに踵を返して去っていく女、いや、彼女を眺めた。
夕焼けが目に染みた。
「…お前は悪くはなかった。でも、あの女も悪くはなかった。」
後ろを歩く親友がポツリと言った。
「あの女が普通だ。『一目惚れ』っていうのも悪くはない。まあ俺には一目惚れするのもわかるが。」
僕は足を止めた。
おどけた言い方をした親友を尻目にかける。
「お前が、兄を亡くして、人と考えが変わったのもわかる。だから…、俺がお前を諭す権利はない。」
苦しそうに言う彼は、無理やり笑っていた。
数年前、まだ俺たちが幼かった頃。
最愛の兄を失った。
母を早くに亡くして、父親のワンマンが耐えきれず、社会人になった途端、兄は家庭を作って俺を自分の家庭に逃した。
優しい兄の妻と、父のような兄や兄の同級生、兄の母校の先生、
兄を慕った人に囲まれて育った俺達は、いつしか兄が全てだった。
そんなとき、兄が急死した。
いつしか自分が褒められると違和感を感じるようになった。
今の自分がいるのは兄たちのおかげなのに。
自分の外見で価値を判断してくるやつに腹がたった。
許せない。
その一言でしかなかった。
でも、僕はその気持ちをしっかりと説明できるほど大人ではなかった。
その気持ちの正体を知ったのは、兄の妻、ねえさんだった。
「今の君は、彼で成り立ってる。そう考えてる。自分のことをよく知らない人に褒められても、誤解なく理解されたい、そう願っている君は、「仮面の自分」を褒められても嬉しくない。「本当の君」は兄があってこそ、という気持ちが強いから。」
そうか。
自分は、兄の存在ごと、兄をまだ引きずっている自分のことまで見てほしかったんだ。
そう気づいた。
「俺達はこの先もこういう事で傷つくんだろうな。」
ポツリ、何気ない独り言と「俺達」という言葉がずっとずっと頭から離れなかった。
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- ちぃ
- 2024/02/26 22:18
- 彼には誰にも代えがたい兄と言う存在があったんですね…
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