「契約の龍」(125)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/27 21:22:21
王宮で車を借り、およそ半月ぶりに学院へ戻ってきた。
考えてみれば、こんなに長く学院を離れたのは、初めてかもしれない。少なくとも、ものごころついて以来は、初めてだ。
門をくぐって、直接森の中へ入り、クリスの指示通りに、「その辺をうろついてるの」に「森」の「守護者」を迎えに行きたい、と聞いてみた。するとひどく丁寧な物腰で、森の奥の方へ案内された。
案内された先は、妙に規則的に樹木が植えられた、古い魔法の気配がある場所だった。書庫の最下層にあるあの部屋よりも古いかもしれない。
二十年近く学院にいるが、こんな場所があるなんて、初めて知った。何でよそから来た、しかも年下のクリスが知っているのか、は判らないが。…ああ、もしかしたら、代々の親から受け継いでいる、という知識にあったのだろうか?
太陽が中天に上ったので、その中央にある、開けた場所に立ち、クリスから教えられた、古い言葉である、という「通路を開く呪文」を言ってみる。
すると、周囲の樹木が反応した。…なるほど、ここに植えられている木自体が呪陣を形成しているのか。などと感心している余裕はない。周囲がまばゆいほどの光を発し始めたからだ。おまけに木々がざわめいて、とてもうるさい。その状態が、どれくらい続いたのか、ふと気付くと、周囲が元通りになっている。
…いや、元通り、というのは間違いだった。そこには、呪文を言う前にはいなかったはずの人が二人いたからだ。
「…「守護者」のクラウディア、さん、と、…エリオット家の、クリストファー、…君?」
恐る恐る名前を確認する。
小さいほうの人影から、返事があった。
「そうだけど…「庭園」の継承者、っていうのは、あなた?」
…ていえんのけいしょうしゃ?何の事だ?
なんだか背中がざわつくのは、その言葉のせいか、それとも言葉を発した人が、クリスに似ているからなのか。
「…それが何を意味するのかは解りませんが、クリスに迎えに行ってくれ、と頼まれたので」
「おやまあ。クリスってば、説明は私に丸投げ?」
説明、って…何の?
「まあ、今はそんな余裕がないのかもしれないわね。…少し、時間ある?」
「…そちら次第、です。が、その説明、今聞かないといけないのでしょうか?」
「私は別に、説明しなくても構わないのよ?あなたが何者であっても、あの子を連れ帰ってくれる事ができるのであれば、ね。でも、王宮にいるあの子から説明を聞いて、また戻ってくるのは、二度手間でしょ?」
「二度手間?」
何で戻ってくる必要がある?
「では、少し説明の時間をちょうだいね。…ああ、クリストファーは…聞いててもいいけど、理解できなくても質問は受け付けないからね。いい?」
「…了解」
言葉少なにクリストファーが答えた。なるほど、こちらの方が面倒が少ない、と学長が言うのも解る。生き写し、とはこういうのを言うのか。
「簡単に説明するわね。「庭園」というのは、学院を含む、この森全体をさす言葉。正しくは、「ティールドゥースの庭園」というのだったかしらね」
「ティールドゥースの庭園」…記憶の片隅を何かが引っかく。ずっと昔、聞いた事があるような…
「ティールドゥース、というのは、…どれくらい昔かしらね?少なくとも、この王国の始まりより古い事は判っている。始祖ユーサーが王都を定めたのは、この森を盾にするため、と伝わっているからね。とにかく彼は、古の魔法使いで、この森をつくった人。男性か女性か、も伝わっていない。便宜上「彼」と呼んだけどね」
彼がいつこの森を作り、いつ亡くなったのか、それも判っていない。だけど、この森はじわじわと拡大を続けていた。それとは判らないほどの速さで。
それを止めたのが、ユーサーより少し後の時代にあらわれた、彼の血族の末裔の…名前は忘。何とか、っていう男。あるいは、世俗の名は隠されているのかもしれない。魔法使いだしね。とにかくその男が、「学院」の礎を作り、「庭園」の外部への拡大を止めた。
「……それが、「継承者」?」
学院の礎を作った人物、といえば、書庫の最下層の…あの部屋のもともとの主であった人物だ。
だが…
「継承者」はその後、現れていないのだろうか?
「部外者に解るのは、「継承者」には、「庭園」にかかっている魔法を変更する事ができる、ということだけ。…そして、「継承者」をそれと見定める事ができるのは、「庭園」自身だけ」
「…「庭園」自身?」
どういう意味だ?
「自分で確かめればよろしいわ。あなたも会った事があるはずよ?」
会った、事が…ある?
さっき案内してくれた、妙に物腰が丁寧な、「その辺をうろついてるの」が、もしかしたら、それ、か?
…いや、それより、も。
なぜ、俺がそんなものだと目される?