Nicotto Town


なるべく気楽に気楽に~!


柔くしなやかな月の下で

第二十四章

マンションへと着く頃彼はほんの少しだけ、整った様子の呼吸で「すずさん…今日は本当にごめんなさい」と呟いていた。「大丈夫よ、リム君…少しは落ち着いた?」と尋ねながらタクシーの支払いを済ませ、私達は車を降りた。彼の呼吸はまだ浅く、言葉にする事も苦痛そうに見えた私は、「兎に角部屋に帰ろう?」と彼へと声を掛けた。彼は大きな深呼吸を一つして小さく頷いた。部屋へと着き、「大丈夫?」と私は彼へと尋ねる。彼は、まだ小さく震える身体で「…少しだけ、落ち着きました…」そう答えていた。
私は彼の言っていた「アキラさん」の事を聞く事はなかった。「怖い」と思い出せる迄の存在を蒸し返したくなかったのだ。彼の辛い過去を只今は抱き締めてあげようと思った。
「怖かったね…」そう言い小さく震える彼の身体を包み込み、抱き締める事で安心して貰えればと思ったのだ。彼は「…怖かったです…」と私の身体に心を預けてくれた気がしていた。「大丈夫だよ、安心して」と私は彼を抱き締めながら、頭を撫で続けた。
静かな空間の中、十五分程経っただろうか…彼は私に抱き締められながら、眠りに落ちている様子だった。疲れてしまったのだろう、そう思い私は彼の身体を横に寝かせる様にそっと倒し眠らせる様な体制にした。私は彼の頬をそっと触り、泣いていたであろう涙を指で拭い取った。「…辛かったね」と小さく呟き、私はベッドルームから掛布団と枕を持ち出し、彼が眠りやすい状態にした。私は、煙草へと手を伸ばし火を点けた。女性にしては珍しい「アキラ」という名前に頭を巡らせ、栗色のボブヘアー、可愛らしいコートの女性を思い出し、何度も見て来ていたあの後ろ姿。…「溝口 亜綺羅」直ぐに思い出せた名前に、彼が恋をしていたのは恐らく溝口であろう…。煙草の煙をゆっくりと吸い、吐き出しながら、「なんて狭い世界なんだろう…」と思い、溝口への此れ迄にない怒りが沸々と沸く感情に、私は何とか蓋をし、職を変えよう…安易な考えかも知れない。でも、きっと溝口の人懐っこい笑顔を見る度にきっとこの怒りは収まる事はないだろう私が意図も簡単に予想出来た。…落ち着こう、私は煙草を消しメイクルームへと向かい、香水を纏った。大きく深呼吸をし、「落ち着け、私」と鏡の私へと呟く。リビングへと戻り、少しでも落ち着きを取り戻したかった私は薬を飲む事にした。
少しづつぼんやりとして来た頭で、彼の元へと行き背後から抱き締める様に一緒に眠りへと落ちて行った。その夜、私は夢を見ていた。今の会社に入った当時の頃の夢を。人懐っこい笑顔の女性は「あたし、ミゾグチアキラって言うの、宜しくね!」にこやかに笑う溝口の顔を夢に見て、私は不快な感情を覚え起きるにしては早過ぎる程、真夜中に起きてしまった。それから、彼が起きる迄私が眠りに付く事は出来なかった。

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2024/06/22 16:28
気になっても聞かない配慮ができるすずさん さすが大人ですね
狭い世間がちょっと私も怖くなってきました

アキラというと EXILEを思い出してしまう
ちょっと古めの私です(笑)



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