心と体のカテゴリに合うかな。。
- カテゴリ:ココロとカラダ
- 2024/06/22 12:00:53
わりと否定的な打ち消しの思考回路があります。
どうして悪く考えるのって言われたことあるんですが。
やっかみ。経験則が頭をもたげる。。
肯定的な思考になりたい。
自分で他人の好意から逃げちゃうんですね。
壊したくない。
帰路に立つと安全な方を選んじゃう探しちゃう。それも選択肢で顔色を伺いながら、安全な選択肢を引き出そうとする。
そんなドラマティックな場面はありませんが。
本能的な危機察知能力ですが。
学がない分、選択肢で自分で判断することを迫られた時に、困るんですね。
困ってばかり。
◇好きな天気は? ◇好きな花は? (自然系は答えやすい)
◇カレーに何の具を入れる? どんなラーメンが好き?(一般的に知られてて、具材で地域や味が分かる。話も広げやすい)
身だしなみをきっちりして、相手を否定しない。たったそれだけです。
否定するのではなく、そうなんだね、と受け入れる。そっと距離をとる。断る時は「機会があったら」
頼む時は「こうしてくれるかな」と頼んでみる。
それから安全な道を選ぶ危機管理能力は大切で、自分の個性だと思います。
危機管理能力が無ければ交通事故に遭うかもしれないし、相手を無闇に傷つけてしまうかもしれない。
パワフルに物事を進めていく人間も世の中には必要ですが、仕事の中には機械に巻き込まれて欠損することもある。怖いと思って手を引っ込めることが出来たら、的確な仕事を意識すれば、安全に仕事が遂行できる。営業職なら、怖い、怖い、と安全な道ばかり選んでいてはリピーターすら逃すかもしれません。
自分で考えて行動するのは、よく言えば自主性がある。悪く言えば独断で動きやすい。
自分で考えずに行動するのは、よく言えば忠実。悪く言えば指示待ち人間です。
新人なら確実に後者の方が喜ばれます。変に動かれて失敗されて損益出されたほうが困りますよ。
そこそこ長くなると前者の方が喜ばれます。覚えて勝手に動いてくれた方が楽だからです。覚える基礎があって、きっちり覚えてもらって、また(自主的に)新人に伝えていく。
問題はどこで生かすか、自分がどうなりたい(どう在りたいのか)ではないですかね
否定的な思考も極めれば、案外と肯定的になるものですよ。
例えば、人はいずれ死ぬ。死ぬのなら、今やれることをやってしまおう。
大きな物事に拘らなければ、人は役に立ち、愛されているものです。
例えば、コンビニで買い物をする。コンビニ飯を食べる。コンビニ飯分の納税と支払いによって、店員は給料を頂くことができるし、店に貢献してるし、給料を頂いた店員が他のものを買うかもしれない。納税したことによって救急車はタダで動いてくれます。
自分だけが出来ることではないですね。
でも、その時に貢献したのは自分。その日に買いたいと思って行ったのは自分。
価値とはそんなものではないかと思いますよ。
どれだけ此方が慮ったところで違う人間である以上は好意を持っているか悪意を持っているか分かりません。人は演じることが出来るから、です。何もしなくても好かれたり嫌われたりすることがあります。
私は考えるだけ無駄だと思う様になりました。考えるのではなく、如何に忍んで相手から情報を得るか。
例えば皆様は嫌いますけれども、愚痴を聞けば相手の嫌いな行動や言動を知ることが出来ます。自分から話しに行かなくても、相手から話してきた時に、ただ耳を傾けるだけでいい。
顔色を伺わなくても、比較的、安全に人とやり取りすることが出来ます。自分のありのままを曝け出す勇気も必要ないし、学も必要ないと思います。
例えば質問の内容を決めておくこと。挨拶だけはきちんとすること。テンプレートを決めておくこと。
極めて機械的ですが、日常会話でそのような意識をしていると予想外の出来事が起きた時以外は好き嫌いについて考えなくてもいいと思います。
情報収集をしておけば安全に、相手の望む自分を演じることが出来る。
予想外の出来事については、自分で対応しきれない事もあると思うため、ありとあらゆる予想をするだけでなく対応できる人を増やす。自分で判断する時はやる前に確認を取る。
それだけで随分、違うと思いますよ。