『光る君へ 第46回』考察まで来ました。
- カテゴリ:テレビ
- 2024/12/01 20:49:46
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いま-4℃なのです・・・。昼間の解けた水が出勤の頃にはツルッツルになるうーーーっ!!
プレミア12決勝敗退から1週間しか経ってない。
では「光る君へ 第46回」の考察です。
・周明は有名眼科医にはなってなかったのか・・・。半分だけ当たり。白髪まじってたけど、まひろは真っ黒だったけどこの頃何歳かな?染める風習はすでに?
・今週の刀伊の入寇は、ほぼ南国オールロケ+CG回だった。ドローンはうまく多用してたね。
・けど、そもそも「刀伊」って国名?習ったっけ?
・すべてに多数の兵の中、双樹丸が登場は容認。
・「松浦」は九州のどこだろ?千代どののいたとこだよね。
・現在NHKCGでは遠景の船団hぐらいで限界かあー。
ディズニープラスの「スターウォーズ」なら全船詳細まで作りこめるのにな。
・なんとっ!!まさかの周明退場かああああ。次週。伏線の「言っておきたいこと」を言って、こと切れるか・・・。
ラスト2回???3回???
今年唯一の大合戦の期待は儚く消えました。衣装代に消えちゃいましたあ。
京都に道長没するまで、あとは何の事件が?
予告編の倫子のひと言は怖すぎです・・・。
かな?
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今週もどうもありがとうございました!!
これから今夜2回目を見始める所です。
新羅、高麗は、当時よく穴埋め問題で出て来た記憶ありますねえー。
1000名が棄てられるとは・・・。
北海道内の人口の少ない町村の下からいくつ分になるのか!
本日分、書き始めますね、
壱岐国司藤原理忠を含む400人近くが虐殺され、拉致されたのは1300人以上。農作物は全て収奪され、牛馬は食い尽くされ、犬迄食われたとか。
「長徳の入寇」を起こした高麗・奄美の無法者達もここまで酷い事はしなかったらしいです。
松浦(まつら)は、肥前国(ひぜんのくに/現在の佐賀県)にあるので博多より西ですね。
まひろと周明が襲われた船越津(ふなこしのつ)より更に西。
女真族の海賊は博多の警固所を襲おうとして藤原隆家と彼が率いる武士たちに撃退され西へ逃亡、ドラマの通り船越津を襲撃しそこでもまた撃退された後に更に松浦を襲いましたが又も撃退され、その後対馬を再襲撃した後に半島に向けて撤退しました。
ただし半島では高麗の水軍が待ち受けていて、女真族の海賊はそこで殲滅されます。
この時、拉致されていた日本人300人程が保護され、後に丁重に日本に送り届けられています。
ところで、海賊に拉致されたのは1300人以上。高麗によって保護されたのは300人程度。差分の1000人はどうなったのか、と言いますと…
海に投げ落とされて殺された、と思われます。
拉致された時は健康な状態であってもその後病気になって具合が悪くなった者は皆海に落とされたんだとか。
中には自力で泳いで助かった者もいたでしょうが、大半は日本海に沈んだと考えられます。
周明の、まひろに言いたい事は何だったのか、次回に分かるのでしょうか?
十中八九、まひろへの告白? と思ったりもするのですが、それを残せるのかどうか。
NHKの映像技術であれば、海賊の船を細部まで作り込む事は多分容易だと思います。
表現が遠景にとどまったのは、博多警固所の物見台からの目視だからでしょう。
望遠鏡がある時代ではありませんので、目視観察が精々です。
ならば遠景表現で十分。
海賊側に主要人物がいるなら視点も切り替わるでしょうが、そうではないですからね。
海賊船と日本側の戦船とのぶつかり合いが無かったのは、史実通りです。
日本側はドラマでもあった様に、まず戦船をかき集めるところからやらねばなりませんでしたので。
逃亡する海賊を追撃はしたものの対馬までですし、海戦と呼べる事はしていないと思います。
迎撃は陸上主体で。
海戦になったのは多分、高麗の水軍による海賊の殲滅戦では?
周明はオリジナルキャラですので、実在した名医に相当させる事は無理があったでしょう。
通事(通訳)兼助手兼薬師と」いうのが上手い絡ませ方だと思います。
毛染めは何時頃から始まったのかは分かりませんね。
ただ平家物語か何かに、年老いた武将が最期の一花を咲かせる為、白髪を墨汁で黒く染めて戦場に赴き戦死した、という記述があった気がしますので、一般的では無かったとしても毛髪を染める、というい概念はあったかもしれません。
「刀伊」は国名ではありません。
彼らはユーラシア北東部(現在の遼寧省、吉林省、黒龍江省、ロシア連邦の沿海州あたり)に居住していた女真族の一派です。女真族は現在の満州族になります。女真があまり良い意味では無かったので、当時の指導者が満州に変更したのだとか。ただし此処では女真族で統一しておきます。
当時の女真族はまだ統一国家を成立させておらず、内陸や沿岸部に少数の氏族で分かれていたのではないか、と思います。
女真族の完顔(読みはワンヤン)氏によって金が建国されたのが1115年なので、「刀伊の入寇」より百年ほど後の事になります。
当時の朝鮮半島を支配していたのは、新羅を滅ぼした「高麗」で、彼らを女真族を「東夷(高麗の発音でトイ)」と呼んでいました。「刀伊」は高麗の発音を聞いた日本人による当て字です。「東夷」は東から来る蛮族という意味で、当時の高麗は女真族の海賊によって沿岸部を荒らされ相当に困り果てていた様です。
やることがかなり残忍で、まざに蛮族と言うに相応しかったらしいです。
「刀伊の入寇」で九州北部を襲った連中は、高麗を襲うついでに日本までやってきた模様。
半島から対馬・壱岐と島伝いに来れば然程難しい事ではありません。
ちなみに当時の日本人というか朝廷は、女真族云々は全く知らず「刀伊」を一つの国と勘違いしていた模様。
そもそも最初は高麗からの侵略だと思ったらしいです。
それには理由があり、実際九州は高麗や奄美の無法者によってしばしば略奪を受けていました。
ドラマでは描かれませんでしたが、長徳年間には「長徳の入寇」と呼ばれる事件もあり、その際は九州北部だけではなく薩摩・大隅あたりまで被害を受けた様です。
その為、最初は勘違いをしたんですね。
ただ、「刀伊の入寇」による被害は長徳のそれを上回るもので、老人や子供は殺され、働き盛りの成人は