忙しい日
- カテゴリ:自作小説
- 2024/12/07 13:05:18
クリスマスにはまだほんの少し早い。けれど、ハロウィンはもうとうに過ぎてしまった。
では、このケーキはいったい……?
小さなケーキ屋に、大きな依頼が舞い込んできた。『イチゴたっぷりの、大きな魔法のケーキが欲しい!』というものだった。字からして子どもの物だったが、手紙と一緒に置いてあった巾着の中には、子どもが持っていてはいけないような大金が入っていた。
断ろうにも、依頼主のことは全く知らず、連絡も取れない。無視して後日返金だけ、というのもなにか"イケナイ"相手だったらひどい目に遭ってしまうかもしれない。こうして、仕方なく大きなケーキを作ったのだ。
「マジカル☆ベリー、素敵な魔法を添えて……」
ケーキの中段に大きなプレートを掛けた。相手が子供だろうと踏んで、喜んでくれそうな幼稚な名づけをしたが、読み上げるとなんだか恥ずかしくて耐えられない。
そもそも、本当に相手は子供なのだろうか?いや、相手が取りに来てくれるとも限らないのにこんな大きなもので大丈夫か?……いや待て、取りに来るのに、こんな大きいのでは困るのではないか?
気になりだしたらきりがないが、作ってしまったものは仕方がないし、作られたケーキに罪なんかない。言い訳、というかここまで大きくなくてもよかった場合に対応できるようにロールケーキも2種類は用意した。あとは、相手がなるべく"普通"の人であることを願うだけだ。
☆
ちりん、と店のドアが鳴る。来客を知らせる嬉しい音も、今回ばかりは恐ろしいものだった。
「い、いらっしゃいませー……」
キッチンから冷静を装って表へ出ると、そこには桃色の頭巾をかぶった少年が一人で立っていた。可愛らしい身なりで整えているが、顔付きは確かに少年だった。
彼は頭巾を深く被り直してから、例のケーキを要求してきた。やはり子供ではあったが、こんな子どもがあれほどの大金を払えるわけがない。訝しみながらも、大きなケーキとロールケーキをどちらも表へと運び出した。
「大きな、というので思い切ってこんな大きいものを作ってみました。あとは、お持ち帰りしやすいように、イチゴたっぷりのロールケーキも用意しました。いかがいたしましょう」
子どもひとりでは大きなものは持ち帰れない。ロールケーキを子どもの目につくように置いたが、子どもの目はじっと大きなケーキを見ていた。
「魔法の、ケーキ……!」
年のままの、キラキラした目を向けながら、うっとりしたような声色で呟いた。よほど気に入ってくれたようで嬉しいが、依頼は『持ち帰り』だった。これを持ち帰ることなんてできるのだろうか。
「お、オレこれにする!」
「えっ」
「えってなんだよ!」
「いや、とんでもございません……」
「問題ないぞ!持ち帰るから。ジークハルト!」
少年は店の外へ一声かけ、それに反応して間髪入れずに一人の男性が入ってきた。少年は男性に「これが欲しい!」と訴えると、男性は二つ返事で承諾し、再び外へ出て行ってしまった。
男性の襟にあったピンは、ここで暮らすならだれもが知っているものだった。
「心配しなくていいぞ!今、オレは庶民の子として、はじめてのお買い物中だからな!」
ふふん、と鼻を鳴らして得意げな少年に、思わず慇懃な態度で無礼を詫びるところだった心が落ち着いた。この少年が『庶民として』買い物中だと言うなら、そういった目上の者へかしずく態度こそ、失礼になってしまうだろう。
例の男性__執事が戻ってくる頃には、大きな魔法式馬車が到着していた。あれは、取り扱いの難しい物でも運べる、浮遊型の馬車だ。
「なあ、どんな魔法がかかってるんだ?」
「それは食べてからのお楽しみです」
そう答えると、少年はやはり目を輝かせて、嬉しそうに店から出て行った。最後に執事が深くお辞儀をして、扉は閉められた。
「……ふぅ…………」
どっと疲れてしまった。ロールケーキは2つとも残ったが、これくらいなら店に出せるし、自分で食べてもいい。
あの大きなケーキには、どんな魔法がかかっているのか。食べてからのお楽しみだが、皆と食べると特別美味しいケーキそのものが、素敵な魔法に違いないことに、少年は気づいてくれるだろうか。
ジャスミンさん、いつもありがとうございます:)
今回のイベント報酬は、季節のイベント的には微妙でしたから少し難しかったです……。
楽しんでいただけたら幸いです!
途中でどんな魔法が掛かってるのかとても気になりましたが、
皆と食べると特別美味しいケーキそのもの自体が魔法なんですね、素敵~!