Nicotto Town



自作小説倶楽部12月投稿

『まぼろし怪盗』


ガタン、ガタン…
走る列車の定期的な振動に合わせて中吊り広告が揺れるのを私は見つめていた。夢見るような少女がそこに描かれている。「世紀の微笑」という文字が彼女の顔を隠そうとするように唇の下にあった。
美術館で大きな展覧会があるのだ。
その美術館には何度も足を運んだことがある。
8階の展示スペースのさらに上にはおしゃれなレストランがある。
-----そのレストランには従業員専用のエレベーターがある。
と、彼が私にささやいた。また盗むつもりなんだなと気付く。ターゲットはもちろん目玉の大作。描かれている少女は画家の娘だったかしら。
-----従業員に変装して盗んだ絵を運び出す。
いくらあなたの変装が完ぺきだと言っても、シェフに仕事の手伝いを頼まれたらどうするの?
-----ご心配なく。各国の料理店で働いたことがある。
じゃがいもの皮をむくのに夢中になって本来の仕事を忘れないでね。
-----仕事をさぼる口実もばっちりだよ。
大きな美術館だから最新の監視カメラがあるわよ。
-----僕の手にかかれば防犯の新旧は関係無いよ。むしろ機械のほうが人間より規則的に動くから予測はしやすい。
-----忍び込むのは閉館から一時間くらいしてから、その頃には主だった職員たちも家に帰りたくて仕方がないだろう。
私は夕闇に沈みつつあるビル群を見下ろす彼を想像した。まるで鴉のように、蝙蝠のようにひらりとビルからビルへと飛び移る。不安と同時に心が躍るような興奮を胸に覚えた。
広告から目を逸らして通り過ぎる街並みに目を移すとどこかで『彼』が私を見守っているような気がした。

「変な目撃情報が上がっているんですよ」
多忙な仕事の合間、一服した時に若い刑事がマグカップを手に言った。ちなみに先輩刑事の嗜好に合わせているうちに禁酒禁煙に成功する代わりに一日5杯コーヒーを飲むようになっている。
「何々? 事件?」
「いえ、まだ事件にはなっていません。でも数が多いんですよね。シルクハット、マントと目元を隠すマスク。まるで古い漫画に出て来る怪盗みたいな恰好をした人。多分男」
「コスプレじゃない? 」
「路上ならそれで済むし、要注意人物だけど、目撃されたのがビルの屋上とか、空を飛んでたとか、ありえない場所が大半なんですよ」
「大半ということはその他は常識的な場所?」
「それがね。美術館とか博物館なんです。それで関係者から防犯の相談もあって対応に困っているらしいです。そして、その目撃情報の中には煙のように消えてしまったとかいうのもあるから、もうオカルトですよ」
この話題を出したのは、先輩刑事の意見を聞きたかったからだ。年齢はそう変わらないハズだが、変人で有名な先輩刑事は妙に勘が良く。たまに真相を言い当てる。時々人の心を読んでいるのではないかと思う時もある。
しかし先輩刑事は少し首をひねって言った。
「強いストレスで幻を見ることがあるってわかる?」
「はあ、あるんじゃないですか?」
「人間の精神の力は馬鹿にできないと常々思っているんだ。それでね。強いストレスを抱えた人間が強く強く空想すれば、その想像力が他人に伝わることもあるんじゃないかと思う」
若い刑事はそういう人間を想像しようとしたが、想像できたのは薬物中毒者だけで、自分の想像力の乏しさに少しがっかりした。




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