ファイヤーエムプレスローズ 10
- カテゴリ:自作小説
- 2025/01/01 21:25:24
女帝が思い出を語り始めます。
「あの国では蓮が国花となっているだけあって、蓮の花も根も茎も実も、すべて食べたり飲んだり、繊維を使ったり、余さず利用するのじゃ。年に一度、蓮の女神に蓮の花を捧げる祭りがあってな、王族の女性が蓮沼に入って、一番美しいと思った花を取ってくるのじゃ。母上は何度もその祭りで花を捧げる役目を務めたそうなのじゃ。私たちの目の前で、それを実際にやってみてくださった。
母上ほど美しい女性を私は知らぬ。本物の蓮の花の女神様が現れた様な、それはそれは美しい光景であった。私もやってみたくなって、せがんでやらせてもらったのじゃ。沼の泥が足に絡んで、気持ち悪いような気持ち良いような、不思議な感覚じゃった。
妹たちはまだ小さいからと、やらせてはもらえなかったのじゃが、結局、沼の浅いところで泥んこ遊びを始めてな、私も一緒になって遊んだのじゃ。泥んこ遊びなど、あれが最初で最後であったのう。滞在中は、周り中にある蓮池の蓮の花を、ただ眺めて過ごすこともあったな。旅行中は勉学も禁止と母上に申し渡されていたゆえ、他にすることもなかったからではあるが、なにやら、心が解きほぐされるような気持がしたものじゃ」
「では、花を眺めることがお好き、ということでどうでしょう」
「そうじゃな、私の趣味は、花を眺めることじゃ。それに決めた」
ぱっと顔を上げ、女帝は誇らしそうに言いました。
「今は秋ですので蓮の花は見られませんが、さすがは薔薇の国だけありますね、薔薇の花は城中に咲いております。ご公務の合間に、それらを眺められるとよろしいかと存じます」
王子が言うと、女帝が返します。
「秋でも蓮は見られるぞ」
「どういうことでございますか」
「庭師のじいがな、蓮用の温室を作ったのじゃ。どうやってか知らぬが、一年中蓮の花を見られるように、蓮をだまして咲かせているらしい」
「蓮をだます…不思議な技を使いますね」
「そうなのじゃ。もとはと言えば私が母上の…」
俯き、口をつぐむ女帝。
「お母上の、何でございますか」
「口が滑った。何でもない」
「話しかけたことは、全部口に出してしまった方がよろしゅうございますよ」
「その…母上がご病気の時や、亡くなられた後など、蓮の花を見てめそめそしていたところをじいに見られたことがあったのじゃ。それでじいが、いつでも蓮を見られるようにと、温室を作ったのじゃ。私だけが見られるように、鍵をくれた。一人で蓮を見に来れば、思う存分めそめそできるだろうと思ってのことじゃろう。じいめ、子ども扱いしおって」
女帝の目にうっすら涙がにじんでいます。
「時にはお泣きになることも必要ですよ。ご両親を亡くされた時には、特に」
「母上の時には泣くことが出来た。父上もおばあさまもそばにいてくださったからな。じゃが母上の後を追うように父上が亡くなった時には、泣くことはできなかった。妹たちとこの国を、私が支えていかねばならなかった。泣いたらそれきり一人で立てなくなる気がしたのじゃ。あんなに優しい父上を亡くして涙ひとつこぼさぬ私は、他人の目に、どう映ったことだろう」
ついに涙がポロリとこぼれました。
「なんじゃそなたは。妖術使いか。妹たちにも話さぬことをやすやすと聞き出しおって」
「陛下、これをお使いください」
近衛の騎士が、真っ白なハンカチを差し出しました。
「陛下をお泣かせした罪で、この男、剣の錆にしてもよろしゅうございますか」
そう騎士が問うと、
「よい。私が勝手に泣いたのじゃ。何でも剣で解決しようとするでない」
と女帝は答えます。中の国の王子は、跪き、女帝の顔を見上げて言いました。
「私は子供の頃より、兄を笑わせたり泣かせたりしてきました。貴女様は兄と同じ匂いがします。世継ぎとして育てられた兄は、真面目で自分に厳しく、我慢しがちな性格でした。私は兄が沈んだ様子の時などは、甘えたり、時に怒らせたりして、兄の気が晴れるまで傍にいたものです。生来優しく、他者を傷つけることが嫌いな兄は、剣の稽古が好きではありませんでした。それで私は、『兄上の分まで自分が剣の腕を磨くから、兄上の剣の稽古を免除してほしい』と父に願い出ました」
「それで将軍になるまでに強くなったという訳か」
「私が国で一番強い武人だからなどと驕ってはいませんよ。身分のせいも多分にあるでしょう。私は自分が強くなれば、兄や自国を守れると思ったのです。しかし結果的に、今回のことで国を窮地に立たせてしまっていますが…」
王子は項垂れ、話を続けます。
「やりたい放題しているように見える父ですが、いつも瞳の奥に淋しさを秘めていました。私はそれを晴らしたくて、幼い頃はわざとわがままを言ったり、膝によじ登って甘えたりしました。
私の母は自分の命と引き換えに私を産みました。父の寂しさは、母を失ったことからくるものだろうと子供心に思っていました。私は、父から愛する伴侶を奪ってしまったのです。父を喜ばせようとするのが習い性になってしまったせいか、父の命令に背くということが私にはできなくなっていました。他国に侵攻するなどということはしたくなかった…けれども父の望みならばと出陣し、綿の国を属国にしてしまいました。せめても人的被害を最小限にしようと努力はしました。しかし本当に努力するべきだったのは、戦を仕掛けるのをやめるよう、父を説得することの方でしたのに」
「そなたにも、そなたなりの苦悩があったのじゃな。乳飲み子の時に母君を亡くされるとは、さぞ淋しかったことであろう」
「いえ、淋しかったのは兄と父です。私には母の記憶がございませんから、恋しがることもないのです。良い乳母もいましたし、周りの者たち皆が私に気を配ってくれました。私にとっては父と兄が家族のすべてで、母は肖像画の中の人物でしかありませんでした」
「本当にそうであろうか。そなたこそ無理をしているのではないか。なんなら膝に坐って甘えてみるか」
女帝が膝をポンポンと叩いて冗談を言うと、近衛の騎士が言いました。
「そのようなお戯れ、おやめください。想像しただけで剣を抜きたくなります」
「ほんとに堅苦しい男だのう」
女帝はクスリと笑いました。女帝が笑ったことに安堵する男たち。
「すまぬ、ハンカチを濡らしてしまったな。洗って返そう」
そう女帝が言うと、
「とんでもございません。そのままお返しください。一生の宝に致します」
そう言って、近衛の騎士はハンカチを受け取り、懐中に大事そうにしまい込みました。
まあ鳥さん、読んでくれたの?嬉しいわ。
近衛の騎士さん、今後も出番があるのでお楽しみに…と言っても、続きをいつ書くかは未定なんだけど。
感想コメントありがとうね。
実直で、忠誠心と気遣いあふれ、ユーモアもあるw
近衛だからきっとハンサムでもありましょう
さてどうでしょう。
続きをお楽しみに~。
今後、中の国の第一王子も登場するのかな。
石の国の王子は薔薇の国の第二王女と…ではなく末の王女と結ばれてほしい^^