虹の花
- カテゴリ:小説/詩
- 2025/07/03 22:28:17
虹の花が咲いた空に伸びる木は
かぐわしい香りがする
と ギリシャの哲学者は記している
それはだれにもすぐ分かるので
『虹に打たれた木』と呼ばれた
大男のきこりが山に足をかけ
巨大な斧を振るうと
雨上がりの空に
色鮮やかな弧が描かれる
それは『忘れる』ということを教えるため
空に遣わされた虹
人々に見つけられるのを待って消えていく
大男が去った森には
打ち下ろされた斧だけが残される
太い幹に打ち込まれた光る斧が
斧を包み込む真新しい傷口が
傷口だけが香るのだ
そのときからだ
樹木が虹のような年輪の秘密を持つようになる
人も樹も内に持つ秘密は
はかる術もない
内からかもし出す微かな芳香がそれとなく漂うだけである
悲しみや悔恨は忘れ去られる日を待っている
いつかまたきこりがやって来て
その木を切り倒す日まで
人も木も柔らかな風のなかに
芳しく香る日がある
虹はもう消えてしまったのに
人も樹もそれが分かるように香る日がある