Nicotto Town



ツマズキの肖像

僕は、につまずいた。
ほんの少し前まで、彼女のことを考えていた。

いや、正確には、思い出していたというより、
彼女の不在をなぞっていたのだ。
指先でなぞる空白の輪郭のように、
そこにあったはずの声、仕草、まなざし――
それらの“痕”だけが僕の中に残っていた。

倒れた地面には、彼女の香水のような土の匂いがあった。
懐かしさはなかった。
むしろ、それは厳かな断絶だった。
彼女は僕の過去ではない。
永遠に触れられなかった“可能性”として、
今も時間の縁に花のように咲いている。

立ち上がった僕の膝に、
血ではなく彼女の名前が滲んでいた。
たしかに、呼んでなどいないはずなのに、
森の沈黙の中で、彼女だけが僕を見ていた気がした。

そう――
人生は時おり、彼女のように、
しく、冷たく、取り返しがない。




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