Nicotto Town



【小説】限りなく続く音 9


 そこは波音もかすかで、訪れる人もなく、私たちは小声で話をすることができた。
 聡子叔母さんという人は、初めて会った時の印象の通りの人物らしかった。
 葬儀の席で、喪服に身を包み化粧を控えて親族の一番後ろにいても目をひく、鮮烈な存在感。それは自身が抑えようとしてもどうにもならないほどの激しさで、草太に語った言葉によれば、
「自分でもどうしようもなく人を傷つけてしまうことがあるものなのよ」
 それが理由なのか、厳格な祖父の許では生きるのが難しいと感じた叔母は家を飛び出したのだという。叔母と祖父が最後に交わした言葉が「もう親子とは思わない」だったため、叔母も帰るに帰れなかったということだった。
 叔母は兄、つまり私の父とは年に一度くらい連絡を取っていたそうで、祖父が倒れたことも知っていた筈である。それでも戻らなかったのはなぜなのか、それは草太も知らないと言った。私が草太や聡子叔母さんのことを知らなかったのも、祖父が叔母の話を禁じていたからだと葬儀の後で父から聞いた。
 どうしてこんなふうに壊れてしまったのだろう。
 叔母の言う「どうしようもなく傷つけてしまう」そのむき出しの形に思えた。
 草太は潮風に揺れる前髪を掻き上げて、日に焼けた鼻の頭を指先でこすった。
「…二年半くらい前?その頃って…」
と少し考えていたが、「ああ、そうか」と呟いて苦笑した。
「なあに」
「うちの親ってさあ、再婚なんだ。その頃はチチオヤがまだ前の奥さんと別れてなくってさあ」
「……」
「そんなのおじいちゃんにバレたら、また『おまえなんか娘じゃなーいっ!』って追い返されちゃうよね」
 そう言って、草太はハハハと笑った。笑いは最後に力が抜けて、真顔になった草太はぽつりと「だからおじいちゃんは、ハハオヤのことも、その子供の俺のことも嫌いだったんじゃないかって」と言って目を伏せた。
「でもさ、おじいちゃん本当は優しかったんでしょ。きっと俺のこと知ってたら、好きだったよね。ちなつが言うんだもん、きっと」
 目を閉じたまま、草太は嬉しそうに微笑んで言った。
 私たちの髪を揺らし、頭を頬を撫でる風は、海から、祖父の方から吹いていた。

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