Nicotto Town



仮想劇場『セミと僕とポータブルラジオ』



「ちょっと!ねぇ、何してるのよ!」
 驚いて止める彼女の言葉を振り切りながら僕は境内の鉄格子に足をかけ、天井の大梁の裏側に手を伸ばす。そこから手探りで横移動していると新聞紙にくるまれたままの物体が階段に落ちた。
 中を確認しなくてもそれが何かわかる。
 シゲちゃんのラジオ、ポータブルラジオだ -。


ようやくすべて思い出した。

 小六の夏休み。地元の甲子園熱が最高潮に盛り上がったあの年のあの夕方、このお宮の境内に置き去りにされたポータブルラジオを拾ったんだった。
 間違いなくシゲちゃんが落としていったであろうそれを僕はこの境内の軒裏によじ登り隠した。
 そうだ、そのあとすぐに狛犬様の前でシゲちゃんに会い、ラジオを知らないかと聞かれた僕はとっさに「知ってるけど教えてあげない」と答えてしまったんだ。

 ラジオが欲しかったわけじゃない。とっさにシラを切ったというより、たんに意地悪をしたかったわけだが、「はやく返せ!」と声を荒げたシゲちゃんの右の拳が僕の鼻っ柱をへし折るのに時間はかからなかった。
 噴き出した僕の真っ赤な鼻血が狛犬様の台座の上に飛び散り、そのまま髪を掴まれ一方的に殴る蹴るの連続を食らった。
 あの時のシゲちゃんの顔を今はっきりと思い出す。あれは虐げられてきたシゲちゃんの自分自身に対する怒りの暴力だったんだ。



 新聞紙の包みを外すと案の定あのポータブルラジオが出てくる。
「それってシゲちゃんの・・・」
 フジコはそう言って僕の顔を信じられないといった表情で見ている。
 ずっと胸の奥につっかえていたことだ。
 あの日あの時あの瞬間を僕は無かった事にしたかったんだ。

「たしかに、 ・・・・ロクなもんじゃぁなかったよな」
 そう言ってラジオの電源をONにする。
 小さなスピーカーからたどたどしく昭和史の朗読が流れる。
 なぜだか知らないが僕の眼球上で塩水があふれラジオに落ちた。


 つづく・・・もう少し

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