Nicotto Town



仮想劇場『セミと僕とミルクセーキ』



 二人が場所を移したのは日暮れ前で、数年前に田舎移住希望で越してきたという中年夫婦が営む旧中学校前の小さな喫茶店だった。店内は割とありきたりな構えで面白みは無かったが、最初に出されたメニュー表に描かれていた女の子の素朴なイラストがよかった。

 僕が頼んだソーダフロートをフジコがガメつく奪い取る。
 ひとくち・・・ふたくち・・・みくち・・・と、3回も口に含んでようやく僕の元へとかえってきた。
 別に気分を害したわけではないが、フジコが咥えたスプーンに口を合わせる気にはどうしてもなれず、僕はかわりのスプーンをマスターに要求した。
 そして新しいスプーンを待たずにコップの縁を口につけごくりと呑み込む。

「ユウちゃんってさぁ、昔っから私の事をヨゴレか何かと思ってるとこあるよね?」
 少し不機嫌になったフジコが口を尖らせそうぼやいた。
 僕が(別に?)と目線だけ合わせて緑色の炭酸水を飲みほした頃、替えのスプーンとフジコのミルクセーキが運ばれる。
 フジコがミルクセーキのストローをこちらに差し向けてニコリとほほ笑む。

「なに?」

「なにって私が食べたフロートのお返しよ?」

「いらんけど・・?」

「それじゃ私ばっかりが得してるじゃない」

「じゃあ断りもなく僕のものに口付けたりしないでほしいな」

「ほんとユウちゃんって子供のころから理屈っぽいよね」

 しばらくはそんなやり取りを数分の間繰り返し、それでもどこか持て余してしまう時間を二人はそれとなく過ごした。



 店を出るころには辺りはすっかり暗くなり、僕は雨上がりのカエル大合唱を聞きながらトボトボとした足取りで駅へと向かった。別れ際にフジコがくれた紙切れには彼女の携帯アドレスが書かれていたが、とくに覚えたいとは思えず丁寧に折りたたんでタバコの空箱に押し込んだ。

 時折すれ違う車の運転手が決まって不審げにこちらを覗き見る。別段後ろめたさは無かったが気分は優れなかった。
 こうやって故郷の地を踏みしめる僕自身をしっかりと惨めな存在に貶めてるのは、やはりこのシゲちゃんのポータブルラジオの存在だろう。独り歩きの夜道にあってももう一度電源を入れる気にはならなかった。


 つづく・・・もういっかい
 

#日記広場:自作小説




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.