後日談てきな残念話
- カテゴリ:日記
- 2025/12/30 00:34:53
長年の不調にオチがつきました。
いやー長かったなぁ。
女性の月のあれが二十歳過ぎから終わることがなく。後半から少量だったとはいえ、十七年以上続きました。
また腹が立つのが、原因が分かった途端に出血の仕方が変わりまして。チマチマ出てたのがピタッととまり。内視鏡で調べた後は色合いの悪い血が出たりしてね。
『はっはっは。バレたか。ワタシは体質なんぞではない。腫瘍だ』
とでも言いたげな感じでしたよ。
最初に『子宮の膜が厚くなる体質』と医者に言われ、他にも貧血や大病になりにくいだなんて情報がありましたが。その後そんなに経たないあたりで真逆のことを聞いたりしたり……。だからどうせ最期は腫瘍ができてオサラバだと想定しておりました。
先に現状を伝えるならば。
ほぼ癌なくなったんじゃない? 的な感じです。
去年の夏に病名がつき。いくつか転移してたのでステージ4の診断。そのため子宮摘出手術出来ずに抗がん剤投与。途中から効きすぎて副作用の発現。肺塞栓症と薬剤性間質性肺炎。てんかん発作で脳腫瘍発見。放射線治療。治療経過良好なため、問題の子宮摘出手術を今年の秋に行いこうして年末を迎えている次第です。
ステージ4とか言われると非常に厳しい状態に聞こえますが。転移している状態を指すだけみたいで。まあ、十分にヤバいかもしれませんが。ぜんぜん治療可能なので、悲観に暮れる必要は全くありませんね。私の場合は特殊な精神状態だったため、ステージに関して特に思う所はなかったです。
それに、抗がん剤は日々進化しております。たまたま私が診断される前に認可の下りた新薬がありまして。私の身体にはそれがテキメンだったんでしょう。全部で六回抗がん剤投与することが決まっていましたが、4回目にしてほぼ子宮内の癌が消えました。まあ効果が有りすぎて副作用が出てしまいましたが。肺に転移していた癌も消えたからオッケーでしょう。肺塞栓症は肺に血栓が出来るやつで、主治医が見つけてくれなければ危なかったみたいですが。
薬剤性間質性肺炎の治療で、これまた劇薬のステロイド薬を用いた治療が抗がん剤よりも想定外な症状がでてきて辛かったですかね。
劇薬大量投与のため長期入院で経過観察。この時の副作用は血糖値の急上昇。あとメンタル不調。夜に向かって足が痺れてきたり眠くなったりしてました。腎臓とかに影響が出なくて本当に安心しましたが、これで一ヶ月ちょい入院していました。
やっと退院した一月未満後。指折り数えていた推しが出演している映画公開日。ルンルンで鑑賞を終えて駅に戻ったあたりで突然腕が勝手にびくんびくん動き始めまして。びっくりしてポケットに手を突っ込んだり抑え込もうとしたらさらに悪化し。大きな振り幅だった痙攣が小刻みになるに連れて動くことも呼吸することもできなくなり。倒れて誰かが助けを呼んでくれた声を聞いたところで意識を失いました。
目が覚めたらストレッチャーに乗って救急車に運ばれていました。記憶にはないんですが、ストレッチャーには自分で乗ったそうです。気を失う時全く苦しくはなかったのですが、その後長い事1人でいる時は今ここで発作が起きたらと思うと怖くなったりしました。とりあえず、痙攣が起きたら身を任せて抑え込まず。気持ちを落ち着かせるのが大事ですね。
脳腫瘍は幸いにも外側付近だったので、照射する際にほかの器官を傷つけることなく治療が終わりました。ただ副作用として『急速に疲れる』というものがあり。近所のコンビニに行くのすら体力が続かずノッタリクッタリ歩く必要がありました。もとに戻すのに3カ月くらいかかりました。
そこから半年程。一万歩散歩が出来るくらいには回復させたところで子宮の別の癌があるとのことで摘出手術。そこで判明したのが、私の子宮は成熟奇形腫であったということ。それが悪化して扁平上皮がんになったんでしょう。たぶん。
いやぁー……長かったなぁ。
ちょっと長文すぎてここいらで投稿。
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- むらさき
- 2025/12/30 17:03
- どうぞ、お大事にしてください。
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- 違反申告





























