望海荘
- カテゴリ:日記
- 2026/02/25 02:42:20
2月の日曜日、瀬戸内地方は彼岸のようなうららかな日和。
50年も近く前、
造船不況で父は勤めている会社から、
瀬戸内海の能美島にある別の造船業の会社へ3年間単身赴任で出向した。
その時住んでいた会社の寮のあった場所へ行ってみたいのうと云ふ。
自衛隊の戦艦や潜水艦の浮かぶ呉の港の横を抜け、更地になった呉の心臓、日本製鉄の跡地が見渡せる道路を走る
音戸の新瀬戸大橋を渡り、倉橋島から早瀬大橋を渡れば、江田島市
平成の大合併で、江田島と能美島からなる江田島、能美、大柿、沖美の4町は合併して江田島市となった。
昔から、みかん、八朔など柑橘類の農産物作りが盛ん、
温暖で日当たりのよい気候を利用して今はオリーブの木が栽培されオリーブオイルも名産という。
まずは昼ごはんの場所をめざして、えたじま海鮮市場へ場所を確認
オープンにはまだ30分早いので
近くのゆめマートと産直市で、地元のロールケーキやみかんを購入、
それから
海鮮市場に戻るとなんと店の前には長蛇の列30人以上並んでいる!
泣く泣く海鮮定食をあきらめる。
先を急ぐことにして、島の輪郭にそった平坦な海沿いののどかな道を寮のあったという集落へ向けて軽自動車を走らせた。
黄砂で少し曇っているものの雲はほとんどない広い空
隣の島影、向こうには厳島、間から遠く広島のまちも見える
高台の集落へ入ると道はぐっと狭くなり、対向車とすれ違うのもぎりぎり、
曲がりくねった道にバスの停留所と民家と畑が交互に続く
寮はこの道から海へ向かって下りた先にあったはず
しかし場所が全く分からない
海沿いのリゾート風の日帰りspaがあるので高台から下へおりてみる
目の前は広い海
spaで聞いた情報をもとに海沿いの広いデッキのカフェで
スープパスタとローストビーフ丼の昼食
日差しがまぶしすぎる、目の前は広い海
きっと寮からも同じ海の景色が広がっていたはず
諦めて海岸に残る漁港の風景や造船所があったろう場所を通ってみる
何か思い出せるものはある?と聞いてみるが50年前の記憶は蘇らない
帰りがけにもう一度高台の道からspaへ下り、海岸沿い
ふと
高台の側を見上げると
「望海荘」
コンクリートの壁に古い文字が張り付いていた。
その上に白い4階建ての古いアパートが海に向かって茫洋と立っていた。
spaからカフェの間、一度前を通ったはずなのに全く気が付かなかった。
まさか建物まで残っていたとは
近くにいってみると、建物には錆びたプレートが付いていて
昭和47年10月、当時の会社の名前も入っていた。
あった。
寮の名前は「ボウカイソウ」ずっと記憶に残っていた。
目の前は、広い広い海。
寮の名前以外ほとんど思い出せるものはなかった。
なんも覚えとらんのーここへ居ったんじゃろーのう
当時の仲間の名前が次々と出てくる
それでも父は満面の笑みで
ボウカイソウとツーショットに収まった。
島にはだれかの失くした記憶がいっぱいある
帰りの景色はまた違って見えた。
三高港からフェリーに乗って潮風を浴びながら40分宇品港に着いた。




























私も痴呆が入った母を若い頃過ごした場所に連れ出すかな?
建物が残っていたのには驚いたのではないでしょうかね。