Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



錆びた航跡

タラップを上がり、鉄の甲板に立つ。
重いドラの音が、胸の奥の空洞を震わせた。
船がゆっくりと岸壁を離れる。
雨のカーテン越しに、防波堤に佇む小さな影が揺れていた。
彼女の姿が、一歩、また一歩と遠ざかる。
伸ばされたままのその手は、もはや雨粒を掴むことしかできない。
俺は胸ポケットから、火のつかない煙草を取り出し、唇に挟んだ。
濡れたフィルターから、苦い塩の味が染み出す。
「……あばよ。それだけで十分だ」
海風が容赦なく叩きつける。
船尾が描く白い泡の道が、過去をかき混ぜ、深い闇へと沈めていく。
街の灯りは、やがて一筋の線になり、
そして、降りしきる雨の向こうへと完全に溶け去った。
俺は一度だけ海に向かって煙草を投げ捨て、
二度と振り返ることなく、船室へと続く重い鉄の扉を押し開けた。

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